【結論】次田展之さんは1973年1月生まれの53歳。日本大学医学部の在学中に渡米して小型機の免許を取り、医師とプロのエアショーパイロットを並走させてきた人です。
- 生まれは1973年1月・神奈川県
- 出身は日本大学医学部。在学中に免許取得のため渡米
- 現地でショーン・タッカー氏に弟子入り
- 2002年にアクロバット飛行チーム「エアロック」へ
- 診療所は2011年・2018年・2026年と3つ開設
- 趣味は柔術と総合格闘技
- 次田展之さんの年齢・出身・出身大学
- 医師とパイロットが並走した順番
- 勤務先が救急→在宅→離島と動いた流れ
- 二刀流が20年以上続いた理由の考察
- 資料によって表記が割れている点
2026年8月9日(日)よる11時15分から、
TBS系「情熱大陸」に診療所医師・パイロットの次田展之(つぎた のぶゆき)さんが登場します。
回のタイトルは「空を飛び 島民の命を守る 瀬戸内海の“フライングドクター”」です。
放送を前に検索が増えているのが
「次田展之は何者なのか」「どういう経歴でそうなったのか」という点です。
この記事では、番組公式サイトに載っているプロフィールを軸に、経歴を時系列で並べ直します。
【考察】次田展之さんの二刀流はなぜ20年以上続いたのか
ここからは編集部の考察です。
結論から書きます。
二刀流が続いたのは「空を趣味として手放さなかったから」ではなく、医師の側のキャリアを、空と両立できる形へ選び直し続けたからだと考えます。
順番が逆なのがポイントです。
理由1:勤務先の並びが「時間の自由度が上がる方向」に動いている
公式プロフィールに並ぶ勤務先は、
日本大学医学部附属板橋病院 → 帝京大学医学部附属市原病院 → 湘南第一病院 → サガミホームクリニック副院長 → 百島診療所の開設、という順です(情熱大陸公式サイト)。
大学病院・総合病院から始まり、在宅医療のクリニック副院長を経て、最後は自分で診療所を開設するという並びです。
雇われる側から、診療日と診療時間を自分で決められる側へ移っています。
飛ぶ人間にとって、これは決定的な違いだと考えます。
エアショーは開催日が先に決まっていて、こちらの都合では動きません。
理由2:空の側を「趣味」ではなく「職業水準」で維持していた
次田さんは2002年に日本のアクロバット飛行チーム「エアロック」へ所属し、エアショーパイロットとして活躍したとされています。
渡米時に弟子入りした相手も、世界的なエアショーパイロットのショーン・タッカー氏です。
ここが趣味の操縦とは違うところです。
観客の前で曲技を見せる仕事は、年に何度も飛ばないと技量が維持できません。
つまり「飛ぶ時間を確保できる働き方」を選ぶ動機が、最初から強く働いていたと見ています。
医師の側が空に合わせて形を変えたと考えるほうが、この経歴の並びは自然です。
理由3:診療所を増やす間隔が「7〜8年」で一定している
診療所の開設年は2011年(百島)・2018年(佐木島)・2026年(岩城島)です。
間隔は7年と8年。
一気に広げていません。
3つ目の岩城島診療所を開いた2026年5月11日には、佐木島で診療してから岩城島へヘリコプターで移動したことが、診療所の公式ブログに書かれています(百島診療所日記)。
1日に2島を回る運用が、すでに現実に動いているわけです。
この7〜8年という間隔は、「自分1人とヘリ1機で回せる範囲を、はみ出さないように広げてきた結果」だと考えます。
拡大の速度を落としているのではなく、二刀流を壊さない上限を守っている。
そう読むと、20年以上続いた説明がつきます。
次田展之さんのプロフィール(年齢・出身・出身大学)
| 名前 | 次田展之(つぎた のぶゆき) |
| 生まれ | 1973年1月・神奈川県 |
| 年齢 | 53歳(2026年8月時点) |
| 出身大学 | 日本大学医学部 |
| 肩書 | 診療所医師/パイロット/心海会 理事長 |
| 趣味 | 柔術・総合格闘技 |
年齢については、1973年1月生まれという公式プロフィールと、
2026年7月6日付の日本経済新聞「人間発見」の連載初回で「53歳」と紹介されている点が一致します(日本経済新聞)。
ここは二重に確認が取れている数字です。
経歴を時系列で整理する
| 時期 | 出来事 |
|---|---|
| 1973年1月 | 神奈川県で生まれる |
| 日本大学医学部 在学中 | 小型飛行機の操縦免許を取るため渡米 |
| 渡米中 | アクロバット飛行を目にし、ショーン・タッカー氏に弟子入り |
| 医師として | 日本大学医学部附属板橋病院に入局 |
| 2002年 | アクロバット飛行チーム「エアロック」に所属 |
| その後 | 帝京大学医学部附属市原病院、湘南第一病院、サガミホームクリニック副院長 |
| 2011年 | 百島診療所を開設(広島県尾道市) |
| 2018年 | 佐木島診療所を開設(広島県三原市) |
| 2026年5月11日 | 岩城島診療所を開設(愛媛県越智郡上島町) |
渡米の年については、
日本経済新聞の連載第3回で「1995年にカリフォルニアで小型機の免許を取った」と紹介されています(日本経済新聞)。
1973年1月生まれなので、22歳前後の出来事です。
「二刀流」の中身はプロのエアショーパイロット
次田さんの経歴で見落とされやすいのが、
操縦が「移動手段」ではなく「職業」だった時期があるという点です。
渡米のきっかけは免許の取得でしたが、現地でアクロバット飛行を目にしたことで進路が変わります。
師事した相手は、低空で宙返りや急上昇を繰り返す複葉機の演技で知られるショーン・タッカー氏。
帰国後は医師として入局しながら、2002年にアクロバット飛行チーム「エアロック」へ所属しています。
つまり順番としては、
免許 → 弟子入り → 医師としての入局 → 飛行チーム所属。
医師になってから趣味で始めたのではなく、
学生のうちに空が先にあり、そこへ医師のキャリアが重なった形です。
この「プロとして飛んでいた経験」は、現在の離島診療にそのまま効いていると見られます。
瀬戸内海の3つの島はいずれも本州・四国と橋でつながっておらず、
島民が病院へ通うには船に乗る必要がありました。
そこへ自ら操縦桿を握って飛ぶという手段を持ち込めたのは、この経歴があったからです。
誤解しやすい点・注意したい点
法人名の表記が資料によって割れている
次田さんが率いる法人の名前は「心海会」ですが、法人格の表記が資料ごとに違います。
| 資料 | 表記 |
|---|---|
| 法人公式サイト | 社会医療法人心海会 |
| 情熱大陸 公式プロフィール | 医療法人心海会 |
| 医療機関の検索サイト | 医療法人社団心海会 |
「ドクターヘリの医師」ではない
フライングドクターという言葉から、
救急のドクターヘリに同乗する医師を連想する人がいます。
ですが次田さんの場合は「自分で操縦して、自分の診療所へ通う」形です。
救急搬送のために飛んでいるのではなく、外来を開けるために飛んでいる点が違います。
家族についての情報は確認できていない
結婚や子どもについて言及しているまとめ記事もありますが、
公式サイトや報道で裏が取れる情報は確認できませんでした。
この記事では推測を書きません。
よくある質問
Q1. 次田展之さんの年齢は?
1973年1月生まれなので、2026年8月の放送時点で53歳です。2026年7月6日付の日本経済新聞でも53歳と紹介されており、公式プロフィールと一致しています。
Q2. 出身大学はどこですか?
日本大学医学部です。番組公式のプロフィールに「日本大学医学部時代に小型飛行機の操縦免許取得のために渡米」と明記されています。卒業後は日本大学医学部附属板橋病院に入局しています。
Q3. パイロットの免許はいつ取ったのですか?
医学部の在学中です。日本経済新聞の連載では1995年にカリフォルニアで取得と紹介されています。生年から逆算すると22歳前後にあたります。
Q4. エアショーパイロットとしての実績はありますか?
あります。渡米中にショーン・タッカー氏へ弟子入りし、2002年に日本のアクロバット飛行チーム「エアロック」へ所属してエアショーパイロットとして活躍したと公式プロフィールに記されています。
Q5. 診療所はいくつありますか?
3つです。2011年に百島診療所(広島県尾道市)、2018年に佐木島診療所(広島県三原市)、2026年に岩城島診療所(愛媛県越智郡上島町)を開設しています。3島とも本州・四国と橋でつながっていません。
Q6. 医師以外の趣味は?
公式プロフィールには柔術と総合格闘技と記載されています。空の活動とはまったく別方向の趣味で、体を使う分野で共通しています。
Q7. 情熱大陸の放送はいつですか?
2026年8月9日(日)よる11時15分から11時45分、TBS系(MBS制作)での放送予定です。回の通し番号はVol.1414です。
今後の見通し
2026年は、次田さんにとって露出が一気に増えた年です。
5月の岩城島診療所の開業には読売新聞(愛媛版)と愛媛新聞が取材に入り、
NHKの地域番組でも取り上げられました。
7月には日本経済新聞の「人間発見」に連載として登場しています。
そこへ全国区の「情熱大陸」が加わる形です。
診療所の公式ブログによれば、情熱大陸の取材はかなり前から打診があり、岩城島の開業に合わせて受けることにしたとされています。
4月の開所準備から撮影が始まっていた、という記述もあります。
放送後は、離島医療の担い手をどう確保するかという話題に注目が移ると予想します。
岩城島診療所は上島町が診療所の運営者を公募し、そこへ心海会が応募して実現したものです。
同じ方式が他の島へ広がるのかどうかが、次の焦点になりそうです。
ただしこれは編集部の予想で、外れる可能性もあります。
まとめ
次田展之さんは1973年1月・神奈川県生まれの53歳。
日本大学医学部の在学中に免許取得のため渡米し、そこでアクロバット飛行と出会いました。
ショーン・タッカー氏に弟子入りし、2002年には飛行チーム「エアロック」に所属しています。
医師としては日本大学医学部附属板橋病院に入局後、
帝京大学医学部附属市原病院、湘南第一病院、サガミホームクリニック副院長を経て、
2011年に百島診療所を開設。
以後、2018年に佐木島、2026年に岩城島と3つの診療所を持つに至りました。
この記事では、二刀流が続いた理由を「医師側のキャリアを空と両立できる形に選び直し続けたから」と考察しました。
本人の語りは2026年8月9日の放送で確認できます。