【結論】岸田文雄元首相はベテランちさんがMCの対談番組に出演し、大学受験について「東大行けずに早稲田行った」と本人の口から語りました。
- 対談は2026年10月30日19時に番組公式YouTubeで公開された前編
- 「東大に行けなかった」は岸田氏本人の発言の要約で、番組の章タイトルは「東大を目指すも2浪」
- 政治家人生の分岐点には2000年の加藤の乱を挙げた
- 前編は総理になるまでの歩みと明記され、総理時代の話は後編に回る見込み
元首相と、東大医学部に在籍するユーチューバーという意外な組み合わせが話題です。
「本当に東大に落ちたの?」「加藤の乱とは何?」と気になった人も多いのではないでしょうか。
この記事では、番組本編で確認できた発言と、官邸・本人の公式プロフィールを突き合わせて整理します。
SNSで出回っている要約と食い違う点も、後半でまとめています。
- 後編で語られそうな内容の編集部の予想
- 「東大行けずに早稲田」発言の前後の文脈
- 加藤の乱を分岐点と振り返った理由
- 出回っている要約との違い
【考察】岸田文雄×ベテランちの後編では何が語られる?
ここからは編集部の予想です。
私は、後編の中心は「総理大臣として下した決断」と、その裏にあった孤独の話になると予想します。
前編は生い立ちから2009年の選挙までで区切られており、総理になってからの話はほとんど残されているからです。理由は3つあります。
理由1:概要欄が総理時代の決断を予告している
動画の概要欄には、総理大臣としてどんな決断を下してきたのかという問いが書かれています(番組公式YouTube)。
一方で同じ概要欄は、前編を「生い立ちから政治家人生の分岐点まで」と説明しています。
前編の章立ても、最後は「再び野党へ…逆風の中で挑んだ2009年の選挙」です。
予告された問いのうち、総理としての決断はまだ本格的に語られていないと読むのが自然です。
理由2:前編の最後が総理の仕事の話で終わっている
前編の終盤で岸田氏は、総理の仕事はあらゆる課題を並行して進めるもので、最後は自分で決めなければならないと話しています。
ロシアによるウクライナ侵略の一報を受けた場面にも触れたところで、前編は終わります。
冒頭のオープニングでも、総理の仕事は忙しく孤独で、批判されるのも仕事のうちという趣旨のやりとりが流れていました。
こうした場面の続きが、後編の柱になると私は見ています。
オープニングには、総裁選に一度敗れ、次の総裁選で勝った経緯をめぐるやりとりも入っています。
岸田氏は2020年の総裁選で菅義偉氏と争い(文春オンライン)、2021年の総裁選で第27代自民党総裁に選ばれました(岸田文雄公式サイト)。
ところが前編の章立てには、総裁選を扱う章が見当たりません。
オープニングは予告的な映像のため出どころは断定できませんが、総裁選の話は後編で詳しく語られる場面と考えるのが自然です。
理由3:この番組は前後編を数日あけて出している
同じチャンネルでは、物理学者の野村泰紀さんの回が8月28日と8月31日(番組公式YouTube)、梅澤美波さんの回が9月25日と9月28日に分けて公開されています(番組公式YouTube)。
どちらも3日差です。
今回も同じ間隔なら、後編は前編から数日のうちに出る可能性があります。
ただし後編の公開日は、番組からまだ発表されていません。
前編がこれだけ若い頃の話に時間を割いたのは、後編で総理時代をじっくり聞くための助走とも読めます。
ベテランちさんの率直な聞き方が、在任中の判断の裏側をどこまで引き出すかに注目しています。
以上は、概要欄と前編の流れから組み立てたあくまで予想であり、断定ではありません。
後編の内容は、公開後に本編で確かめてください。
岸田文雄とベテランちの対談はいつ・どこで公開された?
対談は、ベテランちさんがMCを務める『PLAYERS』の特別版として公開されました。
サムネイルには「遠回りのPLAYERS」のロゴと「前編」の文字が入っています。
| 公開日時 | 2026年10月30日 19時ごろ |
| 公開場所 | 番組公式YouTubeチャンネル |
| MC | ベテランち(雷獣・東大医学部在籍) |
| ゲスト | 岸田文雄(第100代内閣総理大臣) |
| 長さ | 約44分(前編) |
| 範囲 | 少年時代〜2009年の選挙 |
動画のタイトルは「『反乱軍』を経験した男はなぜ総理になれたのか?」です(番組公式YouTube)。
概要欄では、ベテランちさんを灘中・灘高出身の同級生で作った「雷獣」の顔的存在と紹介しています。
なお、このシリーズの別の回の概要欄には、「夜明け前のPLAYERS」とは別企画の対談シリーズと書かれています(番組公式YouTube)。
今回の特別版が地上波で放送されたかどうかは、確認できませんでした。
受験の話が気になった人には、ベテランちさんの著書も参考になります。
灘から東大理Ⅲに進んだ勉強法をまとめた一冊です。
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「東大行けずに早稲田行った」発言の前後
話題になった発言は、大学時代を振り返る章で出てきます。
概要欄の章タイトルは「東大を目指すも2浪…苦戦した大学受験」です。
浪人について聞かれた岸田氏は、大学に入るときに「何回も失敗して」と切り出しました。
そのうえで「東大行けずに早稲田行った」と言うと早稲田の人に怒られるかもしれない、と笑いを交えています。
続けて、「早稲田出たことを誇りに思ってる」とも述べました。
受験の時期は「色々足踏みして苦労した」とまとめています。
首相官邸のプロフィールでは、1982年3月に早稲田大学法学部を卒業し、翌月に日本長期信用銀行へ入行しています(首相官邸)。
本人の公式サイトも同じ経歴を載せています(岸田文雄公式サイト)。
大学時代は将来何をやるか考え続けていたと話し、当時は政治家になるつもりはなかったそうです。
ベテランちさんに「モテました?」と聞かれると、「それはなかったと思う」と笑ってかわしていました。
加藤の乱を「分岐点」に挙げた理由
タイトルの「反乱軍」は、2000年11月の加藤の乱を指しています。
岸田氏はこの出来事を「一番の思い出」として紹介し、当時は加藤派だったと明かしました。
加藤の乱は、加藤紘一氏が山崎拓氏とともに森内閣への不信任案に賛成しようとした動きです。
執行部の切り崩しで同調者が可決に必要な50人に届かず、採決当日は欠席に転じました(文春オンライン)。
岸田氏は対談で、もしそのまま突っ込んでいたら自民党を飛び出し、総裁にはなれなかったという趣旨を語っています。
そして「勝負する時はやっぱり勝たないとダメだ」と痛感したと振り返りました。
登録者数トークとニューヨーク時代
対談の冒頭で盛り上がったのが、YouTubeの登録者数です。
岸田氏は自身のチャンネルについて、20万人を目指しているのに直前で足踏みしていると明かしました。
11月1日朝の時点で、岸田氏のチャンネルは約19.4万人、ベテランちさんの個人チャンネルは約23.6万人です。
元首相が若手ユーチューバーと20万人の壁を話題にするという、珍しい場面になりました。
少年時代については、日本の小学校に上がる前にニューヨークの公立小学校に入ったと話しています。
言葉が分からない中で、気持ちを伝えるだけで精いっぱいだったそうです。
高校時代は野球に打ち込み、筋金入りのカープファンであることも語りました。
堅い印象の元首相の素顔がのぞく前半と言えます。
出回っている要約と本編の違い
SNSでは対談を短くまとめた紹介が広がっていますが、本編と細部が違うものもあります。
確認できた範囲で整理します。
| 出回っている言い方 | 本編・公式で確認できたこと |
|---|---|
| 10月31日に公開 | 10月30日19時ごろに公開 |
| 総理になることもなかった | 岸田氏の言葉は自民党の総裁になれなかった、という趣旨 |
| 東大に行けなかった | 原文は「東大行けずに早稲田行った」 |
| テレビ番組の対談 | YouTubeで公開。地上波放送は未確認 |
総理と総裁は、自民党が与党のときに結果として重なることが多い肩書きです。
ただ、岸田氏が語ったのは党の総裁になれたかどうかという話でした。
岸田文雄×ベテランち対談のQ&A
Q1. 「東大に行けなかった」は誰の発言?
岸田氏本人の発言を短くまとめたものです。
本編では「東大行けずに早稲田行った」と語り、早稲田を出たことは誇りに思っているとも述べています。
Q2. 岸田氏は何浪したの?
番組の概要欄にある章タイトルは「東大を目指すも2浪」です。
本人は「何回も失敗して」「色々足踏みして苦労した」と話しており、回数の言い方は章タイトルに沿うのが確実です。
Q3. 対談はどこで見られる?
番組公式YouTubeチャンネルで無料公開されています。
概要欄によると、公式サイトでは会員向けのフルバージョンも配信されています。
Q4. 加藤の乱とは何?
2000年11月、加藤紘一氏らが森内閣への不信任案に同調しようとした動きです。
切り崩しにあい、採決は欠席に転じて不発に終わりました。岸田氏は当時、加藤派でした。
Q5. 後編はいつ公開される?
公開日は発表されていません。
同じチャンネルの過去の前後編は3日差で出ていますが、今回も同じとは限らないため、公式チャンネルの更新を確認してください。
Q6. 記事の考察は事実?
いいえ、考察は編集部の予想です。
概要欄と前編の流れから組み立てたもので、後編の内容を断定するものではありません。
今後の見通し
今後の焦点は、後編の公開です。
概要欄が問いかける総理としての決断に、後編でどこまで踏み込むかが見どころになりそうです。
11月1日朝の時点で、前編の再生回数は10万回を超えています。
元首相がユーチューバーの番組で学生時代や挫折を語る機会は多くないため、後編への関心も続きそうです。
岸田氏自身の考えをまとめて読みたい人には、著書『岸田ビジョン』があります。
▼岸田文雄氏の著書『岸田ビジョン』はこちら
※単行本・新書など版の違いはリンク先でご確認ください
まとめ
- 対談は10月30日19時ごろに番組公式YouTubeで公開された前編
- 岸田氏は「東大行けずに早稲田行った」と自ら語り、早稲田は誇りだとも述べた
- 分岐点には加藤の乱を挙げ、党を出ていたら総裁はなかったという趣旨を語った
- 後編は総理時代の決断が中心になると編集部は予想
「東大に行けなかった」という短い言葉だけが広がると、早稲田を下げたように受け取られかねません。
本編では、回り道を笑いに変えながら語る姿が印象的でした。気になった人は、ぜひ前編を通して見てみてください。