【結論】ダイバーに「イクオネ」と呼ばれてきた北海道のクリオネは、世界で6種目のクリオネ属の新種として2026年7月に論文で記載されました。学名にも水中写真家・中村征夫さんの名前が入っています。
写真家・中村征夫さんが「イクオネ」と呼んだクリオネが、新種 Clione ikuoi になりました。https://t.co/5PKQdEwiEJ#ウミウシ pic.twitter.com/NKXc0c9PsX
— 世界のウミウシ (@seaslug_world) October 9, 2026
- 新種の学名は「クリオネ・イクオアイ」(朝日新聞の表記)、和名はイクオハダカカメガイです
- これまで別の属の小さな種の名前が当てられていました
- 決め手は口から伸ばす触手が6本・左右対称だったことです
- 「世界6種目」はクリオネ属の有効な種の数で数えたものです
「流氷の天使」と呼ばれるクリオネに、新しい種が加わったというニュースが話題です。
注目を集めたのは、「イクオネ」という愛称でした。
ただ、この生き物は今回はじめて見つかったわけではありません。
30年ほど前から写真で知られていた生き物に、ようやく正しい学名がついた、というのが今回の出来事です。
- イクオネが新種と認められた経緯と決め手
- 「イクオネ」の名前の由来と中村征夫さん
- 「世界6種目」は何を数えた数字なのか
- 新種と認められるまで約30年かかった理由(編集部の予想)
【考察】イクオネが新種になるまで約30年かかった理由
ここからは編集部の予想です。
結論から言います。
イクオネは「写真では有名なのに、分類の決め手が詳しく調べ直されてこなかった生き物」だった。
だから愛称と和名が先に広まり、正しい学名が追いつくまでに約30年かかったと私は読みます。
理由は3つあります。
理由1:日本の記録は標本より写真が中心だった
イクオネの写真が表紙を飾ったのは、1995年の写真集『カムイの海』でした(朝日新聞)。
つまり出発点は研究の標本ではなく、一枚の写真です。
海の生き物の専門サイトによると、奥谷喬司氏は2017年の時点で、日本の裸殻翼足類の記録の多くは標本でなく写真にもとづいていると注意を促していました(世界のウミウシ)。
写真でみんなが知っている。
だからこそ「もう分かっている生き物」として扱われ、見直しのきっかけがつかみにくかった。私はここが最大の理由だと見ます。
理由2:決め手の触手は写真では数えにくい
今回の決め手は、獲物を捕まえるときに口から伸ばす「口円錐(バッカルコーン)」の数と並び方でした。
論文は、生きた個体の観察に加えて顕微鏡や電子顕微鏡で口や歯舌を調べ、6本が左右対称に3対並ぶことを確かめています(論文)。
朝日新聞によると、それまでイクオネは触手が4本しかないとされていました(朝日新聞)。
一方で、写真では口円錐の数まで見えるわけではないとも指摘されています(世界のウミウシ)。
どれだけ美しい写真が増えても、分類の決め手そのものは写らない。ここが時間のかかった二つ目の理由です。
理由3:調べられる標本と研究者がそろうまで時間が必要だった
専門サイトの解説では、論文で調べたのは2018年3月に紋別沖の北見大和堆で採集された36個体です(世界のウミウシ)。
さらに、日本周辺のクリオネは2017年、2025年、2026年と、山崎友資氏らが続けて新種を記載してきました(世界海洋生物種登録)。
2017年のダルマハダカカメガイは、1902年以来115年ぶりのクリオネ属の新種でした(世界のウミウシ)。
新種がほとんど出なかった分野で、この10年に3種が続けて記載されたことになります。
まとまった数の標本と、日本のクリオネを比べ続けてきた研究者がそろったことで、ようやく答えが出た。私はそう読みます。
写真が先に有名になり、科学があとから追いついた。
イクオネは、名前の人気と研究の進み方がずれていた珍しい例だと考えます。
なお、ここで述べた理由は報道と論文から読み取ったあくまで予想であり、研究者が直接説明したものではありません。
イクオネが新種クリオネと認められた経緯
新種を報告したのは、東洋食品研究所(兵庫県川西市)と北海道立オホーツク流氷科学センターの研究チームです(朝日新聞)。
論文の題名は次のとおりです。
Clione ikuoi, sp. nov. (Gastropoda: Gymnosomata: Clionidae), a new sea angel from Hokkaido, Japan, previously assigned to Paedoclione doliiformis
Yamazaki & Kuwahara (2026), Journal of Asia-Pacific Biodiversity
題名のとおり、この生き物にはこれまで別の属の種の名前が当てられていました。
その種は1907年に北米のメイン州で記載された、体長1.5〜2.5ミリほどの小さな樽形の種です(世界のウミウシ)。
イクオネの体長は約25ミリで、大きさだけでも10倍以上の差があります(論文)。
| 学名の読み(朝日新聞の表記) | クリオネ・イクオアイ |
| 和名 | イクオハダカカメガイ |
| 愛称 | イクオネ |
| 論文の公開 | 2026年7月 |
| 著者 | 山崎友資氏・桑原尚司氏 |
| 調べた個体の産地 | オホーツク海・北見大和堆(紋別沖) |
| 体長 | 約25ミリ |
| 決め手 | 口円錐6本・左右対称に3対 |
朝日新聞によると、イクオネはこれまで触手が4本しかないとされ、クリオネとは属のレベルで別のグループと考えられていました。
同紙は、遺伝子の解析でもクリオネ類の一員とすべきだという結果が出たと伝えています(朝日新聞)。
イクオネの写真が表紙を飾ったのは、中村征夫さんの写真集でした。
▼ 中村征夫さんの写真集はこちらから探せます
※刊行年の古い写真集は在庫が変動します。リンク先でご確認ください
「イクオネ」の名前の由来と中村征夫さん
愛称のもとになったのは、水中写真家の中村征夫(いくお)さん(81)です。
中村さんがこの生き物に出会ったのは1990年代、北海道・知床半島の海でした。
水深10メートルほどの海中で、2匹がペアになって漂っていたと朝日新聞は伝えています(朝日新聞)。
その写真が、1995年の写真集『カムイの海』(朝日新聞社)の表紙を飾りました。
中村さんは取材に対し、「照れくさいけど、この生き物のニックネームとして、ずいぶん浸透してしまいましたね」と話しています(朝日新聞)。
そして今回、研究チームは新しい学名にも中村さんの名前をつけました(世界のウミウシ)。
和名のイクオハダカカメガイも、そのまま新種の和名として当てられています(論文)。
愛称、和名、学名の3つすべてに同じ人の名前が入ったことになります。
「世界6種目」は何を数えた数字か
「世界6番目」は、クリオネ属(ハダカカメガイ属)の中で有効とされる種の数です。
世界の海洋生物の学名を集めた国際データベースでも、クリオネ属の有効な種はイクオネを含めて6種になっています(世界海洋生物種登録)。
和名は専門サイトの一覧にならっています。
| 和名 | 記載年 |
|---|---|
| ダイオウハダカカメガイ | 1774年 |
| ハダカカメガイ | 1871年 |
| ナンキョクハダカカメガイ | 1902年 |
| ダルマハダカカメガイ | 2017年 |
| ニホンハダカカメガイ | 2025年 |
| イクオハダカカメガイ(イクオネ) | 2026年 |
2017年に富山湾で「世界5種目のクリオネ」が見つかったという報道(現代ビジネス)を覚えている方もいるかもしれません。
その種は2025年にニホンハダカカメガイとして正式に記載されたもので、今回のイクオネとは別の種です(世界のウミウシ)。
日本の周りだけで、クリオネ属は4種がいることになります。
イクオネが話題になった理由と注意点
ニュースは10月9日に報じられ、ヤフーニュースのトピックスにも取り上げられました(ヤフーニュース)。
愛称の響きばかりが注目されがちですが、由来をたどると写真家・中村征夫さんの名前にちなんだ、まじめな名前です。
- 今回初めて見つかった生き物ではない(正体が確かめられた)
- 論文が確かめた分布は今のところ北見大和堆だけ
- 知床や水族館の個体は標本で確かめた記録には含まれていない
専門サイトの解説によると、論文は水族館の個体や写真、地域の観察記録を、標本で確かめていないとして確認記録に含めていません(世界のウミウシ)。
知床の流氷の下で見られるイクオネも、写真の記録として扱われている点は押さえておきたいところです。
イクオネに関するQ&A
Q1. イクオネの正式な学名は?
学名は、朝日新聞の表記で「クリオネ・イクオアイ」です。
種小名は中村征夫さんの名前にちなんでいます。
和名は以前からのイクオハダカカメガイがそのまま使われます。
Q2. 新種なのに昔から知られていたのはなぜ?
生き物そのものは1990年代から写真で知られていました。
ただ、学名には別の属の小さな種の名前が当てられていました。
今回、標本を調べ直して別の種だと分かり、新種として記載されました。
Q3. 普通のクリオネとの違いは?
朝日新聞は、北海道でおなじみのハダカカメガイと比べて体の輪郭がふっくらと丸みを帯びていると伝えています。
論文では、歯舌や鉤の形、体の大きさや色などで、ほかのクリオネと区別されています。
Q4. イクオネはどこで見られる?
論文で確かめられた産地はオホーツク海の北見大和堆です。
知床の海でも写真の記録はありますが、標本で確かめた記録ではないとされています。
見られる時期や場所は、地域の観察施設の案内で確認するのが確実です。
Q5. 冒頭の考察は事実ですか?
いいえ。考察は編集部の予想です。
写真集、論文、専門サイトの解説から理由を読み取ったもので、研究者が時間のかかった理由を説明したわけではありません。
今後の見通し
論文は、紋別沖の海面水温の長期データも分析しています。
温暖化が続くと、クリオネが沿岸で見られる冷たい季節が短くなる可能性を指摘しています(論文)。
今後の新しい報告は、論文や研究機関の公式情報で確認するのが確実です。
まとめ
- イクオネは世界6種目のクリオネ属の新種として2026年7月に記載
- 決め手は口円錐6本・左右対称という体のつくり
- 愛称・和名・学名のすべてに中村征夫さんの名前
- 新種と認められるまで約30年かかった理由は写真中心の記録にあると編集部は予想
「イクオネ」は、響きだけが先に広まった名前ではありません。
一枚の写真から始まり、約30年かけて科学の名前になった生き物です。
流氷の季節に知床の海を思い浮かべるとき、名前の由来もあわせて思い出してみてください。