【結論】川上ミネさんがスペインに住むきっかけは、到着直後に全財産を奪われたことでした。
- ドイツからピアノと楽譜だけ持ってマドリードへ
- 宿を探している最中に泥棒に全財産を奪われた
- それでもこの街が好きになったと本人が記している
- 2か月後にマドリードの音楽大学へ入学
- その後キューバへ移り客員講師に
- 2013年には日本スペイン交流400年の公式ピアニスト
- ドイツを離れた経緯とマドリードでの出来事
- キューバへ渡った理由と学んだこと
- スペインでの大きな仕事の一覧
- サンティアゴ巡礼道での演奏ツアー
- 8月27日の放送情報
2026年8月27日、
NHK総合の映像詩「やまとの季節七十二候」でピアノを弾く川上ミネさん。
奈良の季節を音にする人ですが、
拠点の半分はスペインにあります。
その経緯が、かなり変わっています。
【考察】なぜ全財産を失った街に住み続けているのか
ここからは編集部の考察です。
結論から言うと、
持ち物を失ったことで、人と食べ物が残ったからだと考えています。
理由1:本人が「かえって好きになった」と書いているから。
公式サイトには、
全財産を持って行かれたことについて「あまりにもさっぱりしたのでかえってこの街が好きになった」と記されています(川上ミネ 公式サイト)。
被害の話が、そのまま定住の理由として書かれているのです。
理由2:人の親切を先に受け取ったから。
一文無しになった川上さんに、
毎晩タパスとビールを提供してくれたバルの主人がいたと書かれています。
街の第一印象が損害ではなく人になった、ということです。
公式サイトでは「スペインの人々の心の優しさ」という言い方をしています。
理由3:音楽に圧倒されたから。
マドリードで見たフラメンコに圧倒された、と記されています。
ドイツでクラシックをやっていた人が、
まったく違う音楽に現地で出会ったタイミングでした。
失うものが何もない状態で受けた衝撃は、
そのまま進路を変える力になったと考えられます。
理由4:食べ物が合ったから。
公式サイトには食事の美味しさと市場に並ぶ豊富な魚介類に感動したとあります。
川上さんの趣味には料理、
宝物にはマイ包丁が挙げられています。
食の好みが暮らしの決め手になった形です。
理由5:仕事の場が広がったから。
2007年からスペイン全国ツアーを開始し、
マドリード、バルセロナ、グラナダ、コルドバなど各都市でリサイタルを重ねました。
住むほどに仕事が増える構造ができています。
2009年からはスペインのテレビ番組に毎週レギュラー出演し、
その番組の音楽も担当しました。
理由6:国の事業に組み込まれたから。
2013年、日本スペイン交流400年事業の公式ピアニストとしてテーマ曲を作曲。
同年6月にはマドリード王立劇場での開幕記念音楽会で、
メインソリスト兼芸術監督を務めました。
個人の移住が両国の公式行事にまで届いたということです。
理由7:2拠点を自分で選び直しているから。
2000年に一度帰国したものの放浪を再開し、
根無し草になると感じて最も住みたい場所を2か所選んだと書かれています。
結果がスペインと京都。
流されたのではなく選んで戻っているのです。
以上はあくまで編集部の考察・推測です。
本人が理由を整理して語ったものではありません。
ドイツからマドリードへ
川上さんはミュンヘン国立音楽大学のピアノ科を出て、
クラシック音楽家としてドイツで演奏活動をしていました。
公式サイトの記述はこうです。
ある日何もかもが嫌になり、
ピアノと楽譜以外を全部処分してそのままマドリードへ行った——。
計画的な移住ではなかったことが分かります。
そして到着後、
宿を探している最中に泥棒に襲われ全財産を持って行かれたと記されています。
それでも2か月後にはマドリードの音楽大学のピアノ科に入学しました。
▼ スペインの旅を知るならこちらから
※サンティアゴ巡礼路やマドリードの情報はリンク先でご確認ください。
キューバへ渡った理由
マドリードにいたある日、
キューバ人のグラミー賞ジャズピアニストチューチョ・バルデスの演奏に偶然出会います。
その音楽と人間性に感動し、
キューバへ行くことを決めたと書かれています。
一刻も早く渡るために勉学に励んで卒業し、
キューバへ引っ越し。
ハバナの国立劇場でのピアノリサイタルが大成功し、
そのままキューバ国立音楽学校に客員講師として招かれたとあります。
現地で教わったのは音楽だけではなかった
ピアノと音楽史を教えながら、
ラテンジャズとトゥンバオ(キューバのピアノ奏法)、そして作曲を学びました。
さらに当時の生活環境の中で、
教え子や同僚、近所の人から次のことを教わったと記されています。
- ピアノの調律や修理
- 楽譜の製本
- 停電中や鍵盤が抜けたピアノでも演奏できる術
- 釣り、食物採集
音楽家の経歴としては珍しい項目が並びます。
楽器が万全でない前提で弾く技術は、
のちに古い楽器を扱ううえでも効いているはずです。
スペインでの主な仕事
| 年 | できごと |
|---|---|
| 2007年 | スペイン全国ツアー開始(マドリード、バルセロナ、グラナダほか) |
| 2009年 | スペインのテレビ番組にレギュラー出演、音楽も担当 |
| 2010年 | サンティアゴ巡礼道の30か所で奉納演奏ツアー |
| 2013年 | 日本スペイン交流400年事業の公式ピアニストに |
| 2013年6月 | マドリード王立劇場の開幕記念音楽会でメインソリスト・芸術監督 |
| 2014年3月 | コルドバのメスキータ(世界遺産)で祈りのコンサート |
| 2015年 | アルバム『侍1613』をリリース |
2010年の巡礼道ツアーは、
フランス国境のピレネー山脈から移動式の野外ステージと共に、
サンティアゴ・デ・コンポステラへ向かうというものでした。
サンティアゴ大聖堂、レオン大聖堂、ブルゴス大聖堂などが演奏地に挙げられています。
よくある質問
Q1. スペインのどこに住んでいるのですか?
資料によって表記が異なります。
Wikipediaはサンティアゴ・デ・コンポステラ、
公式サイトの文中にはマドリードという記述もあります。
いずれにせよスペインと京都の2拠点という点は共通です。
Q2. なぜドイツを離れたのですか?
公式サイトの記述は「ある日、何もかもが嫌になり」です。
それ以上の説明はありません。
ピアノと楽譜以外をすべて処分して、
そのままマドリードへ向かったと書かれています。
Q3. 「侍1613」とはどんなアルバムですか?
2015年にリリースされた2枚組CDです。
収録曲は日本スペイン交流400年事業のために制作されたテーマ曲で、
マドリード王立劇場の閉幕式のライブ録音も収められています。
Q4. 何か国語を話せるのですか?
公式サイトには日本語・ドイツ語・スペイン語・英語、
そして名古屋弁と書かれています。
ミュンヘン、マドリード、そして出身地の愛知。
住んだ場所がそのまま並んでいる形です。
Q5. 中南米ではどこを回ったのですか?
公式サイトによれば、
コロンビア・ボリビア・アルゼンチン・コスタリカ・メキシコ・ブラジル・パラグアイ・ペルー。
さらにアジア各地も放浪したとあります。
この過程でクラシックから無国籍・無ジャンルの音楽へ移っていったと記されています。
Q6. 8月27日の放送とスペインは関係ありますか?
直接の関係はありません。
放送されるのは奈良の風景を撮った映像詩で、
川上さんは「百年ピアノ」でオリジナル曲を弾きます。
ただし、各地を回ってきた音楽性がそこに乗っていると考えられます。
8月27日の放送データ
| 番組 | 映像詩「やまとの季節七十二候」 |
| 日時 | 2026年8月27日(木)午前3時8分〜4時0分 |
| チャンネル | NHK総合1・東京 |
| ピアノ | 川上ミネ |
| 映像 | 保山耕一 |
まとめ
川上ミネさんがスペインに住むきっかけは、
ドイツを離れてマドリードに着いた直後、
泥棒に全財産を奪われたことでした。
本人はそれで「かえってこの街が好きになった」と記しています。
2か月後にはマドリードの音楽大学へ入学。
その後キューバへ渡り、国立音楽学校の客員講師に。
2013年には日本スペイン交流400年事業の公式ピアニストを務めました。
そのピアノが聴けるのが、2026年8月27日(木)午前3時8分のNHK総合。
映像詩「やまとの季節七十二候」です。