アル・バーノがロミーナ・パワーに「電話しない」理由は「公の非難には公に答える」から|娘イレニアをめぐる4月からの応酬とは

本記事はプロモーションを含みます。

【結論】アル・バーノが元妻ロミーナ・パワーに電話しないのは、「公の場での非難には公の場で答える」と決めているからです。絶縁宣言ではなく、4人の子の母として尊重するとも語っています。

@ghkey02

Al Bano dice stop a Romina Power Non la chiamo, la ferita su Ylenia riapre lo scontro

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  • 発言は週刊誌「ジェンテ」のインタビュー(9月上旬)
  • 発端は4月の番組で元妻が語った「柱」の言葉
  • アル・バーノは「僕は現地にいた」と反論
  • 一方で「尊重し続ける」趣旨の言葉も添えた
この記事で分かること
  • 「電話しない」に込められた意味
  • インタビューの原文と日本語訳
  • 4月から9月までの応酬の流れ
  • アル・バーノとロミーナ・パワーの基本情報

「フェリチタ」で知られるイタリアの歌手
アル・バーノが、
元妻ロミーナ・パワーについて
「彼女には電話しない」と語りました。
背景には、1994年の年明けに行方が分からなくなった
長女イレニアをめぐる食い違いがあります。
発言の中身と、そこに至る流れを順に整理します。

目次

【考察】アル・バーノの「電話しない」の真意は?

ここからは編集部の予想です。

結論から言うと、
ロミーナとの縁を切る宣言ではなく、「父親としての名誉は公の場で取り戻す」という線引きです。
電話で済ませてしまうと、
テレビで広まった言葉だけが世間に残ってしまう。
そう考えているのだと読みます。
理由は3つあります。

理由1:発端が全国放送の番組だった

ことの始まりは、2026年4月28日に放送された
トーク番組「ベルヴェ」です(ブログ・ティーヴィー・イタリアーナ)。
ロミーナはイレニアの失踪後について、
「寄りかかりたい時に柱がなかった」という趣旨を語りました。
アル・バーノは5月3日、
別の人気番組「ドメニカ・イン」に出演し、
涙ながらに反論しています(アドンクロノス)。
非難も反論も、多くの視聴者の前で交わされました。
だからこそ答える場も公の場だと、
本人は筋を通しているのでしょう。

理由2:同じインタビューで「尊重」を強調している

アル・バーノは同じインタビューで、
ロミーナを4人の子を産んでくれた女性として尊重し、
結婚生活で見たことは自分の胸にしまうという趣旨も語っています(トゥデイ)。
さらに、ロミーナと今のパートナー、
ロレダーナ・レッチーゾさんが
会って握手するのが自分の夢だとも明かしました。
本気で絶縁するつもりなら、
こうした言葉はわざわざ添えないはずです。
「電話しない」は感情の爆発というより、
話し合う場所を選んだ態度表明と見るのが自然です。

理由3:「もう歌わない」報道は本人が否定していた

6月には、週刊誌の記事をもとに
「もうロミーナとは歌わない」と報じられました(イル・メッサッジェーロ)。
ところが本人は数日後、
「そんなことは言っていない」と否定し、
6月の時点で、今年は2人で2公演を行うと説明していました(シネマセリエティーヴィー)。
少なくとも今年予定の公演では同じ舞台に立つことを認めていたわけです。
それでもイレニアの話になると、
電話ではなく公の場での反論を選ぶ。
娘を探した日々を否定されることだけは、
どうしても譲れない一線なのだと考えます。

3つの理由を重ねると、
アル・バーノが守ろうとしているのは
ロミーナとの私的な関係ではなく、
ニューオーリンズで娘を探し続けた父親としての記録だと見えてきます。
電話で謝り合っても、
番組を見た人の記憶は書き換わりません。
だから同じ公の場で、
自分の側の事実を何度でも言い直す。
「電話しない」の一言には、
そうした83歳の意地がにじんでいると考えます。

ここまではあくまで予想であり、断定ではありません。アル・バーノ本人は「公の非難には公に答える」以上の理由を語っていません。

週刊誌「ジェンテ」で語ったこと

発言が載ったのは、イタリアの週刊誌「ジェンテ」です。
9月10日ごろから、
イタリアの各メディアが相次いで引用しました。
「直接話し合えばいいのでは」という問いに、
アル・バーノは次のように答えています(トリノ・クロナカ)。

No, non la chiamo. Perché se mi muovi accuse pubbliche, io ti rispondo in pubblico. Ma la mia verità non la cambia nessuno.

日本語にすると、
「いや、彼女には電話しない。公の場で非難されたなら、公の場で答える。でも僕の真実は誰にも変えられない」
という意味です。

失踪当時のニューオーリンズについては、
こう語りました(トリノ・クロナカ)。

Ero là sul posto e Romina non mi era accanto.

意味は「僕は現地にいた。ロミーナはそばにいなかった」です。
事件を担当していた警察のブリンク警部が、
毎晩あちこちへ連れて行ってくれたとも振り返っています。
ロミーナの言葉については「誇張」だとして、受け入れないと述べました。
なお2人とも当時は現地に入っており、
約1か月後に一緒に引き上げたとアル・バーノは5月に語っています(アドンクロノス)。
最後には「勲章はいらない。僕は娘を失った父親だ」という趣旨の言葉で締めくくりました。

インタビューの話題アル・バーノの答え(要旨)
ロミーナに電話するかしない。公の非難には公に答える
ロミーナの「柱」発言誇張であり、受け入れない
ロミーナへの思い4人の子の母として尊重し続ける
これからの願いロミーナとロレダーナの握手

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4月から9月までの応酬の流れ

時期出来事
2026年4月28日ロミーナが番組「ベルヴェ」で「柱がなかった」と発言
5月3日アル・バーノが「ドメニカ・イン」で涙ながらに反論
6月上旬「もう一緒に歌わない」と報道、本人が否定
9月上旬週刊誌「ジェンテ」で「電話しない」

ロミーナは「ベルヴェ」で、
イレニアの失踪が2人の破局にどう影響したかを聞かれ、
次のように答えました(ディレイ)。

Quando pensi di avere un pilastro vicino e di colpo arriva il momento in cui vuoi appoggiarti e non c’è niente, non c’è un sostegno, allora le cose cambiano

日本語では
「そばに柱があると思っていたのに、寄りかかりたい時が来たら何もない、支えがない。そうなると物事は変わる」という意味です。
この言葉にアル・バーノは強く反発し、
5月の番組では「君はどこにいたんだ」と問いかけました(アドンクロノス)。
9月の「電話しない」は、
この約5か月続く応酬の最新の一幕です。

アル・バーノとロミーナ・パワーとは

アル・バーノ1943年5月20日、イタリア南部プーリア州生まれの歌手(83歳)
ロミーナ・パワー1951年10月2日、米ロサンゼルス生まれ。父は俳優タイロン・パワー(74歳)
結婚1970年に結婚、1999年に別居、2012年に離婚が確定
代表曲「フェリチタ」(1982年)、「チ・サラ」(1984年サンレモ優勝)
子どもイレニア、ヤリ、クリステル、ロミーナ・ジュニアの4人

2人は夫婦デュオとして、
1980年代にヨーロッパ中で大ヒットを連発しました(ウィキペディア伊語版)。
別れた後も2013年にモスクワで再び共演し、
2015年と2020年にはサンレモ音楽祭の舞台に2人で登場しています(ウィキペディア伊語版)。
長女イレニアは1970年生まれで、
旅先の米ニューオーリンズで消息を絶ちました。
家族との最後の電話は、現地時間で1993年の大みそかだったとされます(ウィキペディア伊語版)。

誤解されやすい点

一つ目は、「2人のデュオが解散した」という受け止め方です。
今回の「電話しない」は
あくまで私的に連絡を取らないという話で、
共演をやめるという発言ではありません。
6月の「もう歌わない」報道も、
本人が否定しています。

二つ目は、イレニアの行方が新たに分かったという誤解です。
今回のインタビューは30年以上前の捜査の日々を振り返ったもので、
新しい手がかりが見つかったという話ではありません。

三つ目は、次女クリステルさんの式との関係です。
最近ローマで結婚10年を祝う式が開かれ、
ロミーナは出席、アル・バーノは姿を見せなかったと9月に報じられました(トリノ・クロナカ)。
ただし欠席の理由を本人が語った報道は見当たらず、
理由は分かっていません。

アル・バーノ「電話しない」発言のQ&A

Q1. 発言はどこで出たものですか?

イタリアの週刊誌「ジェンテ」のインタビューです。
9月10日ごろから現地メディアが引用しています。

Q2. なぜ電話しないのですか?

本人は「公の場で非難されたなら、公の場で答える」と説明しています。
それ以上の理由は語っていません。

Q3. ロミーナは何と言っていたのですか?

4月の番組で、イレニアの失踪後に
寄りかかれる支えがなかったという趣旨を語りました。

Q4. 2人はもう一緒に歌わないのですか?

6月にそう報じられましたが、
本人は否定し、今年は2公演を行うと6月の時点で話していました。

Q5. 「フェリチタ」とはどんな曲ですか?

1982年のサンレモ音楽祭で2位になった2人の代表曲です。
イタリア語で「幸せ」という意味です。

Q6. この記事の考察は事実ですか?

【考察】は編集部の予想です。
発言や日付は報道で確認したものですが、
真意の読み方は編集部の見立てです。

今後の見通し

アル・バーノは同じインタビューで、
ロミーナとロレダーナさんが握手する日を夢見ていると語りました。
ロレダーナさんも受け入れると思うとアル・バーノは話しています(ルーモルス)。
一方で、ロミーナ側がこの発言にどう応じるかは
まだ伝えられていません。
公の場でのやり取りが続く以上、
次の発言もテレビや雑誌から出てくる可能性が高そうです。

まとめ

アル・バーノは週刊誌「ジェンテ」で、
元妻ロミーナ・パワーに「電話しない」と語りました。
理由は「公の非難には公の場で答える」というものです。
発端は4月の番組での「柱」の言葉で、
娘イレニアを探した日々をめぐる食い違いが続いています。
それでも本人は尊重と和解の夢も口にしており、
完全な決裂とまでは言えない状況です。

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