【結論】麻生要一郎さんの新島の宿「saro」は、2009年に開業し、2014年度をもって営業を終えています。すでに閉じた宿です。
- 「カフェ+宿 saro(サロー)」は東京都新島村にあった民宿
- 東京R不動産のメンバーが有志で始めた「新島プロジェクト」から生まれた
- 営業は毎年4月から10月まで。朝はフレンチトースト、夜は金目鯛の煮付けが名物
- 公式サイトの告知によれば、2014年度をもって営業終了
- 当時の主人の署名は「高野要一郎」名義だった
麻生要一郎さんの経歴を追うと、必ず出てくるのが東京都の離島・新島で営んだ宿「saro」です。
ところが「7年ほど」と書く資料と「8年ほど」と語る取材があり、年数が揃いません。
実際はいつからいつまでだったのか。
宿の公式サイトと当時の記事をあたって確かめました。
- saroの開業年と営業終了の時期
- 「7年」「8年」と数字が揺れる理由
- 宿が始まったきっかけと、終わった事情
- いま新島に行っても泊まれるのかどうか
【考察】「7年」と「8年」はどちらが正しいのか
ここからは編集部の考察です。
saroの運営期間について、公開されている数字は2つあります。
NHKと天然生活は「7年」、やいづ善八の取材で本人が語ったのは「8年ほど」。
どちらかが間違っているのでしょうか。
結論から言うと、
実際の営業は6シーズン。どこを起点に数えるかで7年にも8年にもなると考えます。
そう考える理由を6つ挙げます。
理由1:開業は2009年と特定できる
東京R不動産が2010年6月29日に出したコラムに、「昨年オープンしたカフェ+宿 saro」「オープンして約1年」という記述があります(東京R不動産)。
2010年の「昨年」なので、開業は2009年です。
同じ記事は2010年を「新島プロジェクトも2年目」とも書いており、数え方も一致します。
理由2:終了は2014年度と公式に告知されている
saroの公式サイトには、閉業の告知がそのまま残っています。
「2015年もゴールデンウィークから皆様をお迎えする予定でしたが、建物オーナーとの話し合いの結果、2014年度をもって一旦営業を終了させていただくことになりました」という文面です(カフェ+宿 saro 公式サイト)。
2015年のシーズンには開いていません。
理由3:季節営業なので「年数」と「シーズン数」がずれる
ここが数字の揺れの中心だと見ています。
麻生さんは自身の連載で、saroの営業を「毎年、4月から10月までの営業」と書いています(ウェルビーイング100 by オレンジページ)。
通年営業ではありません。
2009年から2014年までを数えると6シーズンですが、年をまたぐ数え方をすれば7年目に入っていた、とも言えます。
理由4:本人の暮らしは二拠点だった
天然生活の取材によると、麻生さんは春と夏は新島、秋から冬にかけては故郷の水戸という生活を送っていました(天然生活web)。
宿が開いている期間と、麻生さんが島にいた期間は同じではありません。
準備や片付けを含めれば、体感の年数はさらに伸びます。
理由5:本人が「7年ほど」と幅を持たせている
天然生活で麻生さんが使った表現は「そんな日々を7年ほど送ったころ」です。
「ちょうど7年」とは言っていません。
やいづ善八の「8年ほど」も同じで、どちらも概算の言い方です。
正確な年数を主張している発言が、そもそも存在しません。
理由6:宿の準備は開業より前から始まっていた
麻生さんが初めて新島を訪れたのは2月で、「冬の冷たい海とほとんど人がいない島」だったと語っています(やいづ善八)。
4月から10月が営業期間なので、この下見は開業前の冬にあたります。
関わり始めた時点から数えれば、8年という感覚も自然です。
以上はあくまで編集部の考察です。
開業年と終了年は資料で確認できますが、「何年やっていたか」を本人がどう数えているかは公表されていません。
saroはどんな宿だったのか
saroは、東京都新島村にあった民宿です。
建物は借りていたもので、閉業の理由も「建物オーナーとの話し合いの結果」と告知されています。
1階がカフェで、船の到着に合わせて送迎もしていたと当時の記事にあります。
| 名称 | カフェ+宿 saro(サロー) |
| 場所 | 東京都新島村 |
| 開業 | 2009年 |
| 営業期間 | 毎年4月〜10月の季節営業 |
| 朝の名物 | 季節の果物をのせたフレンチトースト |
| 夜の名物 | 金目鯛の煮付け |
| 営業終了 | 2014年度をもって終了(建物オーナーとの話し合いの結果) |
宿での日々は、麻生さん自身がエッセイに書き残しています。
放送のあとに文章でも読みたい方は、著書から探すのが確実です。
▼ 麻生要一郎さんの著書はこちらから
※在庫や価格は変動します。リンク先でご確認ください。
始まりは「納豆」だった
宿ができたきっかけは、意外なところにあります。
麻生さんは連載で、東京R不動産を運営する株式会社SPEACの林さんとの、ひょんな出会いから始まったと書いています(ウェルビーイング100 by オレンジページ)。
たまたま食事会で同席したとき、麻生さんが水戸出身だと話したところ、林さんが納豆の話で盛り上がったそうです。
そこで麻生さんは地元にしか流通していない納豆を、林さんの事務所に送りました。
「ただ、純粋に食べて欲しかったのだ」と書かれています。
お礼の電話がかかってきて、再会の日時が決まり、そこから話が進んでいきます。
やいづ善八の取材で麻生さんが語った「リノベーションや地域活性化を業務としている会社の人との出会い」とは、この一件のことでしょう。
東京R不動産のコラムも、saroを「東京R不動産のメンバーが有志を募って始めた新島プロジェクト」と説明しています。
当時の署名は「高野要一郎」だった
調べていて気づいた点をひとつ書いておきます。
saro公式サイトの閉業告知は、「カフェ+宿 saro 高野要一郎(主人)/林厚見(オーナー/ SPEAC)」と署名されています。
東京R不動産のコラムでも、「共同経営者であるもう一人のオーナー高野要一郎さん」と書かれています。
いっぽう麻生さん本人は、連載で「僕が切り盛りしていた東京の島、新島にかつてあった”カフェ+宿 Saro”の話である」と書いています。
同じ宿の主人であることを本人が明言しているので、当時は「高野要一郎」名義で活動していたと読めます。
なぜ宿を閉じたのか
終了の理由は、資料によって書かれ方が違います。
整理すると、2つの事情が同じ時期に重なっていたように読めます。
| 出典 | 示されている理由 |
|---|---|
| saro公式サイト | 建物オーナーとの話し合いの結果、2014年度をもって一旦営業を終了 |
| 天然生活web(本人談) | 母の乳がんが再発。加えて「翌シーズンは建物の関係で宿の営業ができないと決まっていた」 |
本人の言葉には「翌シーズンは建物の関係で宿の営業ができないと決まっていたこともあり」という一節があり、公式サイトの「建物オーナーとの話し合い」と一致します。
つまり建物の事情は先に決まっていて、そこへ母の病が重なったという順番です。
麻生さんは「宿をクローズして故郷に戻り、母を看取ることを選びました」と書いています。
なお公式サイトには続きがあり、2015年6月に新島の前浜近くで「Common House 新島 Row」という場所を作るという告知が出ています。
ただしこちらは「当面、旅館やカフェとしての営業はしません」と明記されています。
誤解しやすい点
| 誤解されやすい書かれ方 | 確認できること |
|---|---|
| saroは今も営業している | 2014年度で営業終了。公式サイトに告知が残っている |
| 母の病だけが閉業の理由 | 建物の事情で翌シーズンの営業ができないことが先に決まっていた |
| 麻生さんが単独オーナーだった | 公式の署名は主人・高野要一郎/オーナー・林厚見(SPEAC)の連名 |
| 通年営業の宿だった | 毎年4月〜10月の季節営業。秋冬は水戸で過ごしていた |
| 後継の宿に泊まれる | 「Common House 新島 Row」は当面、旅館やカフェとして営業しないと告知されている |
よくある質問
Q1. 今から泊まりに行けますか?
行けません。
saroは2014年度をもって営業を終えています。
グルメサイトの掲載も休止扱いのままです。
新島に旅行する場合は、現在営業している別の宿を探す必要があります。
Q2. 新島はどこにありますか?
東京都の伊豆諸島にある島で、行政区分は東京都新島村です。
麻生さんは「船か飛行機でしか来られないところ」と表現しています。
本人が初めて訪れたのは2月で、「冬の冷たい海とほとんど人がいない島」だったそうです。
Q3. どんな料理を出していたのですか?
家庭料理です。
朝はフレンチトースト、夜は金目鯛の煮付けが名物でした。
麻生さんはイタリアンや軽いフレンチも試したものの、煮物やおひたし、焼き魚のほうがお客さんもスタッフも自分も落ち着くと考えて家庭料理に決めたと語っています。
宿の庭で採れた野菜のサラダや、畑のタマネギで作るオニオンリングも定番だったそうです。
Q4. チョビと出会ったのもこの宿ですか?
新島で出会っています。
オレンジページの連載の紹介文には「その島に一人ぼっちでいた愛猫チョビ」という表現があります。
その後しばらく麻生さんの母のもとで暮らし、母を見送ったあとに一緒に上京しました。
Q5. 人気の宿だったのですか?
麻生さんは連載で「予約の受付を開始すると夏の週末は、あっという間に埋まってしまう人気の宿になった」と書いています。
朝食のフレンチトーストは、1泊目のお客様に12枚、2泊目の方に8枚、スタッフ分に4枚という規模だったそうです。
Q6. 番組でsaroの話は出ますか?
放送前なので確定はできません。
ただしNHKの紹介文には「その後東京の離島に渡り7年民宿を経営」という一文があります。
触れられる可能性は高いと見ています。
まとめ
麻生要一郎さんが新島で営んだ「カフェ+宿 saro」は、2009年に開業し、2014年度をもって営業を終えています。
毎年4月から10月までの季節営業で、朝はフレンチトースト、夜は金目鯛の煮付けが名物でした。
東京R不動産のメンバーが有志で始めた新島プロジェクトが母体です。
「7年」「8年」と数字が揺れるのは、季節営業でシーズン数と年数が一致しないためだと考えられます。
閉業は建物の事情が先に決まっており、そこに母の病が重なりました。
2026年8月21日(金)のNHK Eテレ「ネコメンタリー」でも、この時期の話が描かれる見込みです。