【結論】賀川滋子さんは奈良県大和郡山市の元医師。2026年8月27日に115歳で亡くなった国内最高齢の女性です。
NHK総合で、ドキュメント20min.「最後の明治人」が再び放送されます。
明治から令和まで五つの時代を生きた女性が、自分の暮らしの記憶を語る20分の番組です。
放送は2026年9月28日(月)0時00分〜0時20分(27日の日曜深夜)と、9月30日(水)11時30分〜11時50分です。
番組が作られたのは2025年で、賀川さんはこの放送の前に亡くなっています。
- 読み方はかがわ・しげこ
- 1911年(明治44年)5月28日生まれ
- 奈良県大和郡山市で生まれ育った
- 産婦人科医・内科医として80歳を超えても働いた
- 2025年7月から国内最高齢
- 2026年8月27日に115歳で死去
- 番組の初回放送は2025年10月19日
- 賀川滋子さんのプロフィール
- 医師としての歩み
- 「最後の明治人」はいつ、どう作られたか
- この番組がいま再放送される意味の考察
先に編集部の考察を置き、そのあとで公表されている経歴をまとめます。
番組内の発言や様子は、いずれも2025年夏の取材時点のものです。
【考察】この20分は、もう二度と撮れない「本人の声の記録」になったと考える
ここからは編集部の考察です。
編集部は、「最後の明治人」は放送から1年たたずに、明治生まれの人が自分の言葉で語った数少ない映像記録になったと考えます。
そう考える理由を7つ挙げます。
理由1。直接話を聞けたのは賀川さんだけだったからです。
番組プロデューサーは、明治生まれの人に話を聞く企画で、ディレクターが本人から直接話を聞けたのは賀川さんのみだったとコメントしています(ステラnet)。
企画の段階で、すでに候補がほとんど残っていなかったということです。
理由2。取材は4回、ぎりぎりの時期に行われたからです。
同じ記事によると、取材班は2025年の夏、奈良の自宅を4回訪ねています。
その約1年後に賀川さんは亡くなりました。
理由3。語られているのが「教科書に載らない記憶」だからです。
番組紹介には、初めて洋食を食べた違和感、靴を履いた驚き、飛行機に心躍らせたことが並んでいます。
こうした暮らしの手ざわりは、文字の資料にはなかなか残りません。
理由4。女性医師として働いた当事者だからです。
賀川さんは1934年に大阪女子高等医学専門学校(現在の関西医科大学)を卒業し、1937年に開業しています(Wikipedia)。
女性の社会進出を外から見ていた人ではなく、中にいた人です。
理由5。戦争末期の体験を自分の言葉で話しているからです。
番組紹介は「太平洋戦争末期の恐怖の体験」にも触れています。
終戦時に30代だった人の証言は、いま新たに撮ることはほぼできません。
理由6。取材時点で記憶がはっきりしていたからです。
番組側は、昔の記憶が明瞭で話すことが大好きだったと紹介しています。
大和郡山市の取材記事でも、質問のメモを手に取って自分で読み上げながら答えていた様子が書かれています(大和郡山市)。
理由7。放送枠が「選」として組み直されたからです。
9月28日の回は番組表で「選」と表示されています。
数ある過去回の中からこの回が選ばれたこと自体に、局側の意図がうかがえます。
補足すると、明治生まれの人がまったくいなくなったわけではありません。賀川さんの死去後に国内最高齢となった京都市の岸本ふよさんも、明治44年12月の生まれです。それでも、医師として働き、戦争を大人として経験し、それをカメラの前で語ったという点で、この番組の記録は替えがききません。
以上から、今回の再放送は単なる再放送ではなく記録の公開に近いと考えます。
NHKが再放送の理由を説明しているわけではなく、あくまで編集部の考察です。
賀川滋子さんのプロフィール
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 賀川 滋子(かがわ しげこ) |
| 生年月日 | 1911年(明治44年)5月28日 |
| 出身 | 奈良県生駒郡郡山町(現在の大和郡山市) |
| 最終学歴 | 大阪女子高等医学専門学校(現・関西医科大学) |
| 職業 | 産婦人科医・内科医 |
| 国内最高齢 | 2025年7月29日〜2026年8月27日 |
| 死去 | 2026年8月27日(115歳) |
家は江戸時代から続く医者の家だったと伝えられています。
生まれも育ちも大和郡山で、地元で長く医院を営みました。
番組を見て、家族や自分の昔話を残しておきたくなった方もいるかもしれません。
書き込み式で思い出をまとめられる本やノートも出ています。
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医師としての歩み
| 年 | できごと |
|---|---|
| 1911年 | 奈良県郡山町に生まれる |
| 1934年3月 | 大阪女子高等医学専門学校を卒業 |
| 1934年4月 | 大阪市立南市民病院の産婦人科に勤務 |
| 1936年4月 | 同病院の内科に勤務 |
| 1937年7月 | 開業 |
| 2021年 | 109歳で東京五輪の聖火ランナーを務める |
| 2025年7月 | 国内最高齢に |
大和郡山市の取材記事では、若いころは夜遅くでも休みの日でも往診で歩き回っていたと本人が語っています。
下駄で山のほうまで歩いたので足が強い、というのが元気の源だったそうです。
「最後の明治人」はいつ作られた番組か
ステラnetによると、この回の初回放送は2025年10月19日(日)です。
取材は同じ年の夏に行われました。
番組紹介にある「114歳の女性」「虫眼鏡で大谷翔平の記事を読むのが日課」といった表現は、取材当時のものです。
今回の放送は2025年の映像をそのまま流す再放送と見られます。
よくある質問(Q&A)
Q1. 名前の読み方は?
かがわ・しげこと読みます。
Q2. 賀川滋子さんは今も存命?
いいえ。2026年8月27日に115歳で亡くなりました。
番組は生前の2025年に撮影されたものです。
Q3. どんな仕事をしていた人?
産婦人科医・内科医です。
1937年に開業し、80歳を超えても診療を続けていたと伝えられています。
Q4. 聖火ランナーだったのは本当?
はい。2021年、109歳のときに東京2020オリンピックの聖火ランナーを務めています。
Q5. 番組は初放送?
いいえ。初回放送は2025年10月19日です。
9月28日の回は番組表で「選」、30日の回は再放送マーク付きで表示されています。
Q6. いまの国内最高齢は誰?
京都市の岸本ふよさんです。
京都市の発表では、明治44年12月20日の生まれです。
放送で注目したいこと
番組紹介は、激動の時代を生きた女性の言葉を期待した取材班に、予想と違う静かな言葉が返ってきたと書いています。
その一言が何なのかが、20分の中心になりそうです。
まとめ
賀川滋子さんは1911年生まれ、奈良県大和郡山市の元医師です。
2025年7月に国内最高齢となり、2026年8月27日に115歳で亡くなりました。
生前の語りを収めた「最後の明治人」は、9月28日(月)0時と9月30日(水)11時30分にNHK総合で放送されます。