【結論】藤野賢治さんの妻は、料理研究家の藤野嘉子(ふじの よしこ)さんです。1957年生まれの東京都出身で、料理の原点は伊豆・修善寺の旅館にあります。
- 妻の名前は藤野嘉子さん。1957年生まれ、東京都出身の料理研究家
- 学習院女子高等科を卒業後、香川栄養専門学校の製菓科へ進んでいる
- 在学中から「キユーピー3分クッキング」のアシスタントを務めていた
- 1985年にフリーとなり、雑誌・テレビ・講習会で料理を教えている
- 母方の実家は伊豆・修善寺の旅館。板前の「奥の料理」が原体験
- 賢治さんの放送は2026年8月24日(月)21:00〜 NHK Eテレ
NHK「きょうの料理」にフランス料理の匠・藤野賢治さんが登場します。
この藤野さん、実は妻も娘も料理の仕事をしているという珍しい家です。
ここでは妻の藤野嘉子さんに絞って、経歴と本人の言葉を整理します。
- 藤野嘉子さんの学歴と、料理の仕事に入った順番
- 本人が語る「2つの味の記憶」
- 夫・賢治さんとの立ち位置の違い
- 著書と、いま持っている教室
【考察】夫がフレンチなのに、妻が「普通のご飯」を選んだ理由
ここからは編集部の考察です。
夫の賢治さんはフランス料理のシェフ、娘の貴子さんはフランス菓子まで学んだ菓子研究家。
その中で嘉子さんが掲げているのは「おうちご飯」です。
同じ屋根の下で、ひとりだけ方向が違って見えます。
結論から言うと、
嘉子さんは「特別な料理」と「普通の料理」の両方を子どものうちに知っていて、後者のほうが希少だと分かっているのだと考えます。
そう考える理由を6つ挙げます。
理由1:特別な料理を、幼少期に浴びている
嘉子さん自身が書いています。
母方の実家は伊豆の修善寺にある旅館で、遊びに行くと板前さんが家族のために作ってくれる「奥の料理」を食べさせてくれた、と(CASTOR & Laboratory 公式サイト)。
客に出す料理ではなく、プロが身内のために作るまかないです。
これを「私にとって特別なものでした」と振り返っています。
理由2:家では「普通のものを普通に」食べていた
一方で自宅は「至って普通のサラリーマン家庭」だったと書かれています。
母親がシチューやコロッケといった当時のハイカラなものを、料理教室で習ってきては作ってくれた。
そのうえで嘉子さんは、「決して豊かではない時代に私は『普通のものを普通に』食べさせてもらった」としています。
理由3:本人が「どちらも大切」と書いている
ここが決定的です。
嘉子さんは「家族が作ってくれる普通の料理と、祖母の家で食べる特別な料理。どちらも大切な味の記憶です」と書いています。
そして「そういった記憶がベースとなって、進路を考える頃には『料理』を通して『社会につながった仕事がしたい』という気持ちが生まれた」と続けています。
進路の動機が、味そのものではなく「社会につながる」だったという点は見逃せません。
理由4:入口が「製菓」で、出口が「家庭料理」になっている
嘉子さんが進んだのは香川栄養専門学校の製菓科です。
ところが今の教室名は「おうちご飯を楽しむ会」で、著書も『女の子の好きなお弁当』『魚のおかずに強くなる』『楽ちんシニアご飯』という並びです。
お菓子から入って、家庭のおかずへ移っている。
ここは編集部の見立てですが、技術の難しさより、毎日続く食卓のほうに関心が寄っていったと考えます。
理由5:夫と役割がぶつからない
店の名前はCASTOR & Laboratoryで、賢治さんがフランス料理の会、嘉子さんがおうちご飯を楽しむ会、娘の貴子さんがお菓子教室を持っています。
3人が同じ場所にいながら、教える内容が重なっていません。
これは偶然ではなく、棲み分けの設計だと見ています。
理由6:「排除しない」という考え方を持っている
もうひとつ、嘉子さんの文章で目を引く箇所があります。
「添加物なども排除するのではなく、受け入れて、上手に折り合いをつけるのも知恵というもの」。
家庭料理を教える人が、正しさを押し付けないと明言しているわけです。
この姿勢が、40年続く仕事の土台になっていると考えます。
ここから先は予測です。
8月24日の回に嘉子さんが出るという案内はありません。
登場するのは賢治さんで、テーマはラタトゥイユです。
以上はあくまで編集部の考察です。
嘉子さんが「夫と役割を分けている」と述べた記述は確認できていません。
藤野嘉子さんの基本プロフィール
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 藤野 嘉子(ふじの よしこ) |
| 生まれ | 1957年・東京都出身 |
| 肩書き | 料理研究家 |
| 学歴 | 学習院女子高等科 → 香川栄養専門学校 製菓科 |
| 独立 | 1985年にフリー |
| 教室 | おうちご飯を楽しむ会 |
| 夫 | 藤野賢治さん(フランス料理店オーナーシェフ) |
| 娘 | 藤野貴子さん(菓子研究家) |
注目したいのが1985年という数字です。
夫の賢治さんが1984年にカストールを開店した、その翌年にあたります。
店が始まった時期と、嘉子さんが独立した時期がほぼ重なっているわけです。
嘉子さんの本を読んでみたい方向けに、著書を探せるリンクを置いておきます。
▼ 藤野嘉子さんの著書はこちらから
※在庫や価格は変動します。リンク先でご確認ください。
在学中から現場にいた人
嘉子さんの経歴で特徴的なのは、学校を出てから修業に入った人ではないという点です。
| 時期 | できごと |
|---|---|
| 1957年 | 東京都に生まれる |
| 高校 | 学習院女子高等科を卒業 |
| その後 | 香川栄養専門学校 製菓科に入学 |
| 在学中 | 「キユーピー3分クッキング」のアシスタント、料理研究家の助手を務める |
| 1985年 | フリーとなり、雑誌・テレビ・講習会で料理を指導 |
| 現在 | NHK「きょうの料理」ほかに出演。教室「おうちご飯を楽しむ会」を主宰 |
専門学校に通いながら、すでにテレビの料理番組の現場に入っていたということです。
「3分クッキング」は生活の中に根づいた長寿番組ですから、家庭に向けて料理を見せる仕事を、20代の入口から見ていたことになります。
本人が語る「還暦を過ぎて思うこと」
公式サイトの文章には、いまの心境も書かれています。
「還暦を過ぎて普通のものを普通に食べられる幸せをつくづく感じることがあります」。
そして「家庭にはそれぞれの味付けがあり、地域によっても本当に様々。でも家族を思って作る気持ちは共通です」と続きます。
もうひとつ印象的なのが、この一節です。
「たとえ『おいしかった』という反応が返ってこなくても、料理そのものを通して子どもや孫の体に力となって流れ、その思いが伝わっていけば、それはとても幸せなこと」。
反応を求めない、という言い方をしています。
誤解しやすい点
| 誤解されやすい書かれ方 | 確認できること |
|---|---|
| 夫の店を手伝っている人 | 独立した料理研究家。1985年からフリー |
| フランス料理が専門 | 学んだのは製菓。教えているのはおうちご飯 |
| 結婚後に料理を始めた | 専門学校在学中から番組のアシスタントを務めていた |
| 実家が料理店 | 母方の実家は伊豆・修善寺の旅館。自宅はサラリーマン家庭 |
| 娘と同じジャンル | 娘の貴子さんは菓子研究家で、教室も別 |
よくある質問
Q1. 藤野賢治さんの妻は誰ですか?
料理研究家の藤野嘉子(ふじの よしこ)さんです。
店の公式サイトに、賢治さん・嘉子さん・貴子さんの3人のプロフィールが並んで掲載されています。
Q2. 藤野嘉子さんは何歳ですか?
1957年生まれと公表されています。
誕生日までは出ていないため、2026年時点の年齢は68歳か69歳のいずれかになります。
Q3. 結婚した年はいつですか?
公表されていません。
分かっているのは、娘の貴子さんが1988年生まれであること、賢治さんの開店が1984年、嘉子さんの独立が1985年であることだけです。
Q4. どんな本を出していますか?
公式サイトに挙がっているのは『女の子の好きなお弁当』(文化出版局)、『魚のおかずに強くなる』(オレンジページ)、『楽ちんシニアご飯』(講談社)などです。
Q5. 教室に参加できますか?
嘉子さんは「おうちご飯を楽しむ会」という教室を持っています。
開催の有無や申し込み方法は変わるため、公式サイトのSCHOOLページで確認してください。
Q6. 8月24日の放送に嘉子さんは出ますか?
番組の紹介文に嘉子さんの名前はありません。
案内されているのは「フランス料理の匠・藤野賢治さんがプロの技を伝授」で、放送は2026年8月24日(月)21時00分〜21時25分、NHK Eテレです。
まとめ
藤野賢治さんの妻は、料理研究家の藤野嘉子さんです。
1957年に東京で生まれ、学習院女子高等科から香川栄養専門学校の製菓科へ進み、在学中から「キユーピー3分クッキング」のアシスタントを務めていました。
1985年にフリーとなり、以後40年にわたって家庭料理を教えています。
原点にあるのは、修善寺の旅館で食べた「奥の料理」と、家庭で食べた「普通のもの」という2つの記憶でした。
夫はフレンチ、娘は菓子、そして嘉子さんはおうちご飯。
2026年8月24日(月)21時からのNHK Eテレ「きょうの料理」には、夫の賢治さんが登場します。