【結論】「新グレートジャーニー」とは、日本人の祖先が来た道を北方・南方・海上の3ルートでたどった旅のことです。
- 正式名:新グレートジャーニー 日本列島にやって来た人々
- 期間:2004年7月〜2011年6月
- ルート:北方・南方・海上の3つ
- 海上ルート:約4700km・手作りの丸木舟
- ゴール:沖縄・石垣島(2011年6月)
- 「新グレートジャーニー」とは何か
- 3つのルートの内容
- 手作りの丸木舟の旅
- 日本人はどこから来たのか
2026年7月13日(月)深夜の「クレイジージャーニー」に登場する関野吉晴さん。
もう一つの代表作が「新グレートジャーニー」です。「日本人ってどこから来たの?」という大きな問いに挑んだ旅を、わかりやすくまとめました。
日本人はどこから来たのか(編集部の考察)
ここからは編集部の考察です。
関野さんの旅をふまえ、日本人の祖先がどこから来たのかを、3つの視点で考えました。
1つ目は、「入り口は一つではなかった」という点です。関野さんは北・南・海の3つのルートをたどりました(Wikipedia)。複数の道から人々が来たという見方が、旅の出発点にあると考えられます。
2つ目は、「海を越えてきた人々がいた」ことです。海上ルートでは、東南アジアから島づたいに黒潮を越える約4700kmの航海が行われました(関野吉晴公式サイト)。危険な海を渡った祖先の存在を、身をもって示したのです。
3つ目は、「答えは一つに決められない」ということです。日本人のルーツには、いまも研究者の間でさまざまな見方があります。旅は答えそのものより問いを深めたのではないか、と編集部は見ています。もちろんこれはあくまで推測です。
「新グレートジャーニー」とは
「新グレートジャーニー」は、正式には「日本列島にやって来た人々」という副題がついています(Wikipedia)。
2004年7月に始まり、2011年6月に全ルートを終えました。
人類学や考古学、遺伝学などの研究をふまえた、壮大な検証の旅です。
| 北方ルート | シベリア・サハリンを経て北海道へ |
| 南方ルート | インドシナから朝鮮半島を経て九州へ |
| 海上ルート | 東南アジアから島づたいに石垣島へ |
| ゴール | 2011年6月13日・石垣島 |
北方ルート:シベリアから北海道へ
1つ目の北方ルートは、ヒマラヤの北側からシベリアやサハリンを経て北海道へと向かう道です(Wikipedia)。
厳しい寒さの中を進むルートで、北から来た人々の道をたどりました。
南方ルート:インドシナから九州へ
2つ目の南方ルートは、ヒマラヤの南側からインドシナ半島、朝鮮半島を経て九州へ至る道です。
陸づたいに長い距離を歩き、南から来た人々の道を確かめました。
海上ルート:手作りの丸木舟で4700km
3つ目の海上ルートは、東南アジアから島づたいに黒潮を越え、石垣島を目指す約4700kmの航海です(関野吉晴公式サイト)。
驚くのは、その舟までも手作りの丸木舟だったことです。
関野さんは学生とともに材料を集め、石斧などの道具から作り上げました。
道具づくりから始めた本気の再現
海上ルートでは、刀鍛冶や鍛冶職人の協力を得て、石斧やのみ、なたなどが作られました(Wikipedia)。
丸木舟に使う大木を探して2008年にはインドネシアへ渡り、大きな木を見つけ出しています。
すべてを一から再現する徹底ぶりが、関野さんらしさです。
よくある質問(Q&A)
Q1. 新グレートジャーニーとは?
日本人の祖先が来た道を、3つのルートでたどった旅です。
Q2. ルートはいくつ?
北方・南方・海上の3つのルートがあります。
Q3. 海上ルートの距離は?
約4700kmで、手作りの丸木舟でたどりました。
Q4. いつ完結したの?
2011年6月13日に、石垣島でゴールしています。
Q5. 元の「グレートジャーニー」とは違うの?
元は人類全体の道を、新版は日本人の祖先の道をたどる旅です。
まとめ
「新グレートジャーニー」は、日本人の祖先が来た道を3つのルートでたどった関野吉晴さんの旅です。
手作りの丸木舟で海を渡るなど、徹底した再現が大きな見どころでした。
7月13日の「クレイジージャーニー」で、そのレジェンドの新たな挑戦に注目です。