【結論】竹澤昂樹選手の評価は、国立競技場で行われた最後の決勝でMOMに選ばれた一戦に集約されます。
@user3312609376126 高校サッカー最強DF7位
♬ オリジナル楽曲 – 俺はサッカーが好きなんだよコラ – 俺はサッカーが好きなんだよコラ
- 舞台は第92回全国高校サッカー選手権(2013年12月30日〜2014年1月13日)
- 決勝は富山第一 3-2 星稜(延長)。富山第一が初優勝
- 富山第一は0-2から逆転。決勝点は延長109分
- 竹澤昂樹選手は3年のDFで、この試合のMOMに選ばれた
高校サッカーの「最強ディフェンス」を語るとき、
プロでの実績が並ぶなかに高校時代の1試合だけで名前が挙がる選手がいます。
竹澤昂樹選手は、その代表格です。
なぜそこまで語られるのか。
答えは2014年1月13日の決勝そのものにあります。
この記事では、その試合を得点経過と選手の言葉で追いかけます。
- 竹澤昂樹選手がどんな選手だったか
- 0-2から逆転した決勝の得点経過
- あの決勝が「特別」だった理由
- 7位という評価をどう読むか(編集部の予想)
【考察】7位という評価は、あの1試合で決まっていると読む
ここからは編集部の予想です。
私は、竹澤選手の順位が通算の実績ではなく、決勝の120分だけで付いていると読んでいます。
言い換えると、数字ではなく記憶で残っているタイプの評価です。
理由を3つ挙げます。
理由1:DFで決勝のMOMに選ばれている
ゲキサカはこの決勝のMOMとして竹澤選手を取り上げ、見出しに「大観衆の視線を釘付けにした163cmの名手」と付けています(ゲキサカ)。
3-2という打ち合いの試合でDFが選ばれるのは、失点を防いだからではありません。
ボールを持ったときの内容が評価された、と読むのが自然です。
ここが順位の土台になっています。
理由2:試合そのものが繰り返し流れる映像になった
この決勝は0-2から3-2へひっくり返した試合です(サッカーキング)。
しかも会場は、建て替え前の国立競技場。
選手権の決勝としてはあの国立で行われた最後の1試合でした。
この2つが重なると、映像は毎年のように使われます。
結果として、出場した選手の名前も一緒に残り続ける。
ランキングに顔を出す条件がそろっています。
理由3:チームとしての評価が突出していた
大会優秀選手38名のうち、優勝した富山第一からは6選手が選ばれています(ゲキサカ)。
個人が突き抜けたというより、チーム全体の完成度が高かった大会でした。
だから私は、この順位を「あの富山第一のDF」という文脈込みの評価と予想します。
あくまで予想であり、ランキングの選定基準が公表されているわけではありません。
竹澤昂樹はどんな選手だったのか
公表されている情報を整理します。
| 所属 | 富山第一高校(当時3年) |
| ポジション | DF |
| 出身 | 石川県 |
| 身長 | 高校時代は163cmと紹介 |
| 決勝での評価 | MOM |
目を引くのは石川県出身という点です。
この決勝の相手は、その石川県代表の星稜でした。
本人はこう語っています。
「国立は何かが起きると感じました。(石川県出身だが)富山でサッカーをやっている限りは富山県民のために身体を張ってやろうと思っていました。こういう形で終われたので自分の選んだ道が間違っていないと思いました」(ゲキサカ)
高校卒業後の進路については、大学サッカーを経てJFLのクラブでプレーしたとする紹介が見られます。
ただしクラブの公式発表までは確認できませんでしたので、この記事では断定しません。
あの決勝を見返したくなった方は、道具から入るのも一つです。
小さな選手ほど足元の精度が武器になります。
▼ サッカースパイクはこちらから
※サイズや在庫はリンク先でご確認ください。
0-2から3-2へ。決勝の得点経過
試合は2014年1月13日、国立競技場で行われました。
報道をもとに時系列で並べます(サッカーキング)。
| 時間 | 出来事 | スコア |
|---|---|---|
| 34分 | 星稜・原田亘が倒されPK。主将・寺村介が決める | 0-1 |
| 70分 | 星稜のカウンター。仲谷将樹のクロスに森山泰希がヘディング | 0-2 |
| 87分 | 途中出場の高浪奨がカウンターから返す | 1-2 |
| 後半AT | 富山第一がPK獲得。主将・大塚翔が沈める | 2-2 |
| 延長109分 | 村井和樹が右サイドのスローインから左足で直接 | 3-2 |
注目したいのは87分まで0-2だったという点です。
残り時間はほとんどありません。
そこから3点を取り返した計算になります。
同点弾は後半アディショナルタイムのPK。
蹴ったのは主将の大塚翔選手でした。
延長では星稜の藤田峻作選手がクロスバーを直撃するシュートを放っており、どちらに転んでもおかしくない展開だったと伝えられています。
決着はPK戦の直前、109分でした。
途中出場の村井和樹選手が、右サイドのスローインを左足でダイレクトに合わせています。
選手たちが何を語ったか
試合直後のコメントが残っています(ゲキサカ)。
決勝点の村井和樹(3年)
「(優勝ゴールの瞬間は)来たと思いました。ヒーローになりたいなと思っていた。まだ信じられないです。実感ないです」
主将・大塚翔(3年)
「3年間の思いを全部ぶつけて逆転しろと言われていた。それは神様が見ていてくれたかなと思いました」
この大会の富山第一は親子鷹としても知られ、主将は監督の子でした。
2年で出場していた西村拓真
「素直に嬉しいですけど、来年もあるので喜んでばかりはいられない。連覇します」
のちにプロで名前を知られることになる選手が、この時点では2年生でした。
得点王には富山第一の渡辺仁史朗選手が輝いています(神戸弘陵の長谷川覚之選手と同時受賞)。
本人は「素直に嬉しいです。(得点王は考えて)なかったですね。驚いています」と語りました。
なぜ「最後の国立」だったのか
この大会が特別扱いされる理由は会場にあります。
長く選手権のメイン会場だった国立霞ヶ丘競技場が、
2014年夏から全面建て替え工事に入ることが決まっていました(Wikipedia)。
そのため第92回大会が、改修前の国立を使う最後の選手権になりました。
放送した日本テレビは、この大会に「国立最蹴章」というキャッチコピーを付けています。
会場に区切りがつくタイミングで、劇的な逆転劇が起きた。
だからこの試合は、単なる1回の決勝で終わらなくなりました。
大会の規模もあわせて整理しておきます(Wikipedia)。
| 大会 | 第92回全国高校サッカー選手権 |
| 期間 | 2013年12月30日〜2014年1月13日 |
| 参加 | 48チーム/47試合 |
| 優勝 | 富山第一(富山県勢としても初) |
| 準優勝 | 星稜(石川) |
| 得点王 | 渡辺仁史朗/長谷川覚之 |
Q&A
Q1. 竹澤昂樹選手はどのチームの選手ですか?
2013年度の富山第一高校で3年生のDFを務めていました。石川県出身で、決勝の相手だった星稜と同じ県の出身です。決勝ではMOMに選ばれ、ゲキサカは「大観衆の視線を釘付けにした163cmの名手」と紹介しています。
Q2. 決勝はどんな試合でしたか?
富山第一が0-2から3-2へ逆転した試合です。87分に高浪奨選手が1点を返し、後半アディショナルタイムのPKを主将・大塚翔選手が決めて同点。延長109分に村井和樹選手が決勝点を挙げました。試合はPK戦の直前で決着しています。
Q3. なぜ「最後の国立」と呼ばれるのですか?
国立霞ヶ丘競技場が2014年夏から全面建て替え工事に入ったためです。第92回大会が改修前の国立を使う最後の選手権になりました。日本テレビは大会に「国立最蹴章」というキャッチコピーを付けています。
Q4. 富山第一からプロに進んだ選手はいますか?
この大会では西村拓真選手が2年生として出場し、優勝後に「連覇します」とコメントを残しています。のちにプロで広く名前を知られる選手になりました。同大会の富山第一からは、大会優秀選手38名のうち6選手が選ばれています。
Q5. 竹澤選手の現在は分かりますか?
大学サッカーを経てJFLのクラブでプレーしたとする紹介は見られますが、クラブの公式発表までは確認できませんでした。そのため、この記事では高校時代までを確定情報として扱っています。現在の所属についても確認が取れていません。
Q6. 記事の考察は事実として読んでよいですか?
いいえ。考察セクションは編集部の予想です。ランキングの選定基準が公表されているわけではないため、順位の理由を推測したものになります。得点経過や選手のコメントは報道に基づく事実ですが、順位の解釈は予想として読んでください。
この試合が残したもの
0-2から逆転する試合は、高校サッカーでもそう多くありません。
まして決勝で、残り数分からの逆転となればなおさらです。
選手たちの言葉にも、その戸惑いが表れています。
DF藤井徹選手は「劇的過ぎて自分たちでもビックリ。こんな試合は初めてだし、これからもないかなというぐらいすごかった」と話しました。
GK高橋昂佑選手は「前線の選手を信じて。逆転できると信じていました」と振り返っています。
ランキングで名前が挙がる選手の多くは、
プロでの実績が理由になります。
竹澤選手はそうではなく、1試合の内容だけで語り継がれている。
それ自体が、あの決勝の重さを示しています。
まとめ
- 竹澤昂樹選手は2013年度・富山第一の3年DF。決勝でMOM
- 決勝は富山第一 3-2 星稜(延長)。0-2からの逆転で初優勝
- 会場は建て替え前の国立競技場で行われた最後の決勝
- 同じチームには2年生の西村拓真選手もいた
順位そのものより、なぜその選手の名前が今も出るのかのほうが面白い。
竹澤選手の7位は、まさにその種類の評価です。
次に映像を見るときは、後ろから組み立てる小柄な選手を探してみてください。