【結論】嵐山光三郎さんは2025年11月に83歳で亡くなった作家です。
読み方はあらしやま こうざぶろう。
肩書きは編集者・作家・エッセイストです。
生まれは1942年1月10日、静岡県浜松市。
亡くなったのは2025年11月14日、死因は肺炎でした。
『文人悪食』『悪党芭蕉』といった評伝で知られる一方、
『笑っていいとも!増刊号』にレギュラー出演していた時期もあります。
自らを「不良」と呼んだ人でした。
この記事では、生まれてから亡くなるまでの経歴をたどります。
- 1942年1月10日、静岡県浜松市生まれ
- 1950年から東京都北多摩郡国立町(現・国立市)で育つ
- 桐朋中学校・高等学校を経て國學院大學文学部国文科卒
- 肩書きは編集者・作家・エッセイスト
- 2025年11月14日に肺炎で死去(83歳)
- 訃報の公表は同月28日
- 放送は8月29日(土)朝5時40分/NHK総合
- 嵐山光三郎さんの生まれと学歴
- 訃報が2週間後に公表された理由の考察
- 死因と亡くなった場所
- 8月29日の放送内容
2026年8月29日(土)朝5時40分から、
NHK総合「NHK映像ファイル あの人に会いたい」で
嵐山光三郎(作家)の回が放送されます。
番組情報では「去年11月に亡くなった作家」と紹介されています。
この「去年11月」とは2025年11月のことです。
【考察】なぜ訃報の公表は2週間後だったのか
ここからは編集部の考察です。
亡くなったのは11月14日、報道が出たのは11月28日。
あいだが2週間空いています。
結論から言えば、
「葬儀を近親者だけで済ませることを、本人と家族が選んだから」だと考えています。
理由1:報道の書き方がそうなっているから。
訃報は近親者による葬儀を終えたあとに公表されたと報じられています。
これは家族葬を選んだ場合の、ごく一般的な段取りです。
特別な事情を示すものではありません。
理由2:自宅で亡くなっているから。
亡くなった場所は東京都内の自宅でした。
入院先ではなく自宅であれば、公的な発表を急ぐ主体がいません。
所属事務所ではなく家族が判断する形になります。
理由3:組織に所属していなかったから。
嵐山さんは1981年に平凡社を出たあと、自分で会社を立ち上げた側の人です。
企業や事務所が広報として動く立場ではありませんでした。
会見や即日発表という形にはなりにくい環境です。
理由4:交友関係が広すぎたから。
親交のあった人を並べると、赤瀬川原平さん、安西水丸さん、南伸坊さん、渡辺和博さん、篠原勝之さん、糸井重里さん、篠山紀信さん、村松友視さん……。
公表すれば弔問が一気に集中する顔ぶれです。
先に葬儀を済ませておく判断には合理性があります。
理由5:83歳という年齢と病状の性質。
死因は肺炎でした。
公表されている闘病の経緯はなく、事前に訃報の準備が整っていたとは限りません。
家族が段取りを整える時間として、2週間は不自然な長さではありません。
理由6:本人が「不良」を自称する人だったから。
番組情報も「自らを『不良』と呼び」と紹介しています。
格式ばった見送られ方を望むタイプの書き手ではなかった、という推測は成り立ちます。
ただしこれは作風からの推測であって、本人の遺志が公表されたわけではありません。
理由7:直前まで仕事をしていたから。
2020年1月からは日本経済新聞の土曜夕刊で「あすへの話題」というエッセイの連載を持っていました。
活動を続けている書き手の場合、訃報より先に連載の整理が必要になることがあります。
理由8:公職も務めていたから。
2010年3月に国立市の教育委員、2012年に日本文藝家協会の理事に就いています。
私的な関係だけでなく、公的な連絡先も広かったということです。
関係各所への連絡が済んでから公表、という順番だったと見ています。
以上はあくまで編集部の考察・推測です。
ご遺族が公表時期の理由を説明されたわけではありません。
嵐山光三郎さんのプロフィール
| 氏名 | 嵐山 光三郎(あらしやま こうざぶろう) |
| 生年月日 | 1942年(昭和17年)1月10日 |
| 出生地 | 静岡県浜松市 |
| 育った場所 | 1950年から東京都北多摩郡国立町(現・国立市) |
| 小学校 | 国立学園小学校 |
| 中学・高校 | 桐朋中学校・高等学校 |
| 大学 | 國學院大學 文学部 国文科(1965年卒・専攻は中世文学) |
| 職業 | 編集者・作家・エッセイスト |
| 活動期間 | 1965年〜2025年 |
| 没年月日 | 2025年11月14日(83歳) |
| 死因 | 肺炎 |
活動期間が1965年から2025年ということは、60年間にわたって書き続けたことになります。
1965年は大学を卒業して平凡社に入った年です。
社会に出た年から、亡くなる年までということです。
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生まれてから大学までの道のり
生まれたのは静岡県浜松市ですが、育った街は違います。
1950年、8歳のときから東京都北多摩郡国立町——いまの国立市で暮らしました。
この街との縁は生涯続き、2010年3月には国立市の教育委員にも任命されています。
小学校は国立学園小学校。
同級生には、のちに外務省の軍縮大使となる登誠一郎さんや、朝日新聞社の宮本貢さんがいました。
中学・高校は桐朋中学校・高等学校。
2年後輩に舞踏家の笠井叡さんがいて、大学時代には笠井さんから土方巽さんを紹介され、
金粉ショーのアルバイトをやったこともあるといいます。
大学は國學院大學 文学部 国文科、卒業は1965年。
専攻は中世文学でした。
大学時代の教師には丸谷才一さん、安東次男さんがいます。
そして就職の話です。
嵐山さんはあるテレビ局の入社試験に合格していながら、辞退しています。
選んだのは出版社の平凡社でした。
のちに『笑っていいとも!増刊号』に出ることを思うと、面白い巡り合わせです。
年表で見る83年
| 年 | できごと |
|---|---|
| 1942年1月10日 | 静岡県浜松市に生まれる |
| 1950年 | 東京都北多摩郡国立町(現・国立市)へ |
| 1965年 | 國學院大學 文学部 国文科を卒業、平凡社へ入社 |
| 1976年 | 安西水丸さんと絵本『ピッキーとポッキー』を刊行 |
| 1981年 | 平凡社を離れ、青人社を設立 |
| 1982年 | 『月刊ドリブ』創刊/『笑っていいとも!増刊号』にレギュラー出演 |
| 1988年 | 『素人庖丁記』で第4回 講談社エッセイ賞 |
| 2000年 | 『芭蕉の誘惑』で第9回 JTB紀行文学大賞 |
| 2006年 | 『悪党芭蕉』で第34回 泉鏡花文学賞 |
| 2007年 | 『悪党芭蕉』で第58回 読売文学賞 |
| 2010年3月 | 国立市の教育委員に任命 |
| 2012年 | 日本文藝家協会 理事 |
| 2020年1月 | 日本経済新聞 夕刊「あすへの話題」の連載開始 |
| 2025年11月14日 | 肺炎のため東京都内の自宅で死去(83歳) |
| 2025年11月28日 | 訃報が公表される |
| 2026年8月29日 | NHK「あの人に会いたい」で放送 |
8月29日の放送について
| 番組 | NHK映像ファイル あの人に会いたい |
| 回タイトル | 嵐山光三郎(作家) |
| 放送日時 | 2026年8月29日(土)5:40〜5:50 |
| 放送局 | NHK総合 |
| 放送時間 | 10分 |
番組情報にはこう書かれています。
「去年11月に亡くなった作家・嵐山光三郎さん。自らを『不良』と呼び、独自の視点でつづったエッセイや評論が人気を集めた。飾らない人柄でテレビなどでも親しまれた」。
「あの人に会いたい」は、NHKに残る過去の映像から故人の言葉を紹介する10分番組です。
新規取材ではなくアーカイブ映像で構成されるのが特徴になります。
よくある質問
読み方は「あらしやまこうざぶろう」?
はい。「あらしやま こうざぶろう」です。
「こうさぶろう」ではなく濁る点に注意してください。
死因は何でしたか?
肺炎です。
2025年11月14日、東京都内の自宅で亡くなりました。享年83。
出身はどこですか?
生まれは静岡県浜松市ですが、1950年から東京都の国立町(現・国立市)で育っています。
資料によって「静岡県出身」「東京都出身」と表記が分かれるのは、この出生地と育った場所が違うためです。
出身大学は?
國學院大學 文学部 国文科を1965年に卒業しています。
専攻は中世文学でした。のちに母校の講師も務めています。
なぜ「不良」と自称していたの?
著書に『「不良中年」は楽しい』(1997年/講談社)、『変! 不良中年忍法帖』(1998年/光文社)などがあり、
「不良中年」は自身のキーワードのひとつでした。
由来そのものについての公式な説明は確認できていません。
お墓や告別式の情報は?
公表されていません。
報じられているのは近親者による葬儀を終えたあとに訃報が公表されたという事実のみです。
まとめ
- 嵐山光三郎さんは1942年1月10日、静岡県浜松市生まれ
- 1950年から国立町(現・国立市)で育つ
- 國學院大學文学部国文科を1965年に卒業
- 2025年11月14日に肺炎で死去(83歳)、訃報公表は同月28日
- 受賞は講談社エッセイ賞・泉鏡花文学賞・読売文学賞など
- 放送は8月29日(土)5:40/NHK総合
参照リンク
- 朝日新聞デジタル 2025年11月28日「嵐山光三郎さん死去 エッセーや評伝の名手『文人悪食』『悪党芭蕉』」
- 時事ドットコム 2025年11月28日「嵐山光三郎さん死去、83歳 作家、『文人悪食』」
- ウィキペディア「嵐山光三郎」(生年月日・学歴・受賞歴・年表/河北新報1984年4月20日朝刊を典拠とする記述を含む)
- 講談社「講談社エッセイ賞 過去の受賞者一覧」
- 番組表.Gガイド「NHK映像ファイル あの人に会いたい」2026年8月29日(NHK総合 5:40〜5:50)