福島智の経歴は都立大から東大へ!世界初の教授になるまでの年表

【結論】福島智さんは1983年に都立大へ入り、2008年に東大教授になりました。

本記事はプロモーションを含みます。

  • 高校は筑波大学附属盲学校(1982年卒業)
  • 大学は東京都立大学人文学部(1983年入学)
  • 最初の常勤ポストは金沢大学教育学部 助教授
  • 東京大学へ移ったのは2001年
  • 教授就任は2008年10月
  • 放送は8月24日(月)午後8時/NHK Eテレ
この記事で分かること
  • 学歴の年表(高校から大学院まで)
  • 職歴の年表(助手から教授まで)
  • 博士論文が何をテーマにしていたか
  • 非常勤講師として関わった大学

2026年8月24日(月)午後8時、
NHK Eテレ「ハートネットTV」
福島智さんが登場します。
肩書きは東京大学先端科学技術研究センター教授
ここに至るまでの道のりを年表で整理しました。

目次

【考察】学部入学から教授就任まで25年かかった理由

ここからは編集部の考察です。
1983年の入学から2008年の教授就任まで25年
結論から言うと、
各段階で前例を作りながら進む必要があったからだと考えています。

理由1:博士課程を「満期退学」で出ているから。
1992年3月に東京都立大学大学院の博士課程を
単位取得満期退学しています。
学位を取らずに課程を終えた形です。
研究職の応募では、学位の有無が条件になる場面があります。

理由2:博士号の取得が2008年だから。
博士(学術)を東京大学から得たのは2008年5月
しかも論文博士です。
課程を出てから16年後に学位を取っていることになります。
教授就任がその年の10月なので、順序としてつながっています。

理由3:常勤に就くまでに非常勤の期間が長いから。
1988年から筑波大学附属盲学校の高等部で非常勤講師、
その後も横浜国立大学、高知大学、日本社会事業大学などで非常勤を務めています。
常勤の職に就いたのは1996年7月
学部卒業から9年が経っていました。

理由4:ポストごとに支援の交渉が要るから。
全盲ろうの状態で研究を続けるには、
通訳介助者の確保が欠かせません。
研究室の公式サイトによれば、2001年に東大へ移った際は
金沢大での実績を踏まえて話し合いを重ねたと説明されています。
職場が変わるたびに、制度そのものを作り直す作業が発生していたことになります。

理由5:助教授から准教授への呼称変更をまたいでいるから。
2001年に東大先端研の助教授
2007年4月に准教授となっています。
2007年は学校教育法の改正で
助教授という呼称が准教授に切り替わった年でもありました。
肩書きは変わっても、職階が1段上がったわけではない期間が挟まっています。

理由6:研究テーマが分野として若かったから。
専門はバリアフリー教育・障害学
障害学(Disability Studies)は比較的新しい領域です。
ポストの数そのものが多くありません。
受け皿が育つのを待つ時間も含まれていたと読めます。

理由7:研究の中身が長期観察を必要とするから。
博士論文のテーマは
視覚と聴覚を失う過程と、指点字による会話の再構築でした。
短期の実験で結論が出る種類の研究ではありません。
年単位で積み上げた記録が材料になります。
まとまるまで時間がかかるのは自然なことです。

以上はあくまで編集部の考察・推測です。
ご本人が理由を語ったものではありません。

学歴の年表

時期できごと
1982年3月筑波大学附属盲学校 高等部普通科を卒業
1983年東京都立大学人文学部に入学(盲ろう者として日本初)
1987年3月同 人文科学科教育学専攻を卒業
1989年3月同 大学院人文科学研究科 修士課程を修了
1992年3月同 博士課程を単位取得満期退学
2008年5月東京大学から博士(学術)を取得(論文博士)

注目したいのは1983年です。
盲ろう者が大学に入るという例が
日本でそれまで無かった年にあたります。
研究者になるには、まず学生になる必要があります。
ここが最初の関門でした。

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職歴の年表

時期役職
1996年7月東京都立大学人文学部 助手
1996年12月金沢大学教育学部 助教授
2001年4月東京大学先端科学技術研究センター 助教授
2007年4月同 准教授
2008年10月同 教授

1996年は7月に助手、12月に助教授と、
半年で2度動いています。
都立大から金沢大へ、
東京から金沢へ拠点を移したことになります。

2001年から2008年まで、
同じ東京大学先端科学技術研究センターに所属し続けています。
この7年で、通訳介助者の費用を大学が負担する仕組みが整えられました。
研究室の公式サイトはこれを
「東大モデル」ともいうべき支援システムと呼んでいます。
職階が上がっただけの期間ではありません。

教授昇任については、東京大学の『学内広報』No.1378(2008年10月20日発行)37頁に記載があるとされています。

博士論文のテーマ

2008年5月に東京大学へ提出した論文の題は、
「福島智における視覚・聴覚の喪失と『指点字』を用いたコミュニケーション再構築の過程に関する研究」です。

題名に自分の名前がそのまま入っているのが特徴です。
研究の対象が自分自身ということ。
専門はバリアフリー教育、障害学、障害者福祉、アクセシビリティで、
当事者であることが研究の材料の側に置かれています。

非常勤講師としての経歴

時期勤務先
1988年4月筑波大学附属盲学校 高等部 国語科
1993年4月国立身体障害者リハビリテーションセンター学院 手話通訳専門職員養成課程
1994年4月横浜国立大学 教育学部
1995年4月高知大学 教育学部
1996年4月日本社会事業大学

1988年の最初の勤務先は、
自分が卒業した盲学校でした。
1993年には手話通訳の養成課程にも関わっています。
常勤の職に就く前から、
教える現場には立ち続けていたことになります。

よくある質問

出身高校はどこですか?

筑波大学附属盲学校の高等部普通科です。
1982年3月に卒業しています。

大学はどこを出ていますか?

東京都立大学人文学部です。
1983年に入学し、1987年に卒業。
専攻は人文科学科教育学専攻でした。

博士号はいつ取ったのですか?

2008年5月、東京大学からです。
課程を修了して得たのではなく、
論文を提出して得る論文博士という形でした。

東大の前はどこにいたのですか?

金沢大学教育学部です。
1996年12月から助教授を務め、
2001年4月に東京大学先端科学技術研究センターへ移りました。

何が「世界初」なのですか?

盲ろう者として大学の常勤教員になったことです。
2008年のこととされています。

まとめ

  • 1982年に筑波大学附属盲学校を卒業
  • 1983年、東京都立大学へ盲ろう者として日本初の進学
  • 1996年に都立大の助手、同年12月から金沢大学助教授
  • 2001年に東京大学先端研へ、2008年10月に教授
  • 博士論文のテーマは自身の視覚・聴覚の喪失と指点字

年表で見ると、
1つ1つの段階に年単位の時間がかかっているのが分かります。
8月24日の放送で語られる言葉も、
この長さの上に乗っているはずです。

参照リンク

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