甲子園の土は春と夏で配合が違う|春は雨対策で砂を多め・夏は白球を見やすく黒土を多め

本記事はプロモーションを含みます。

【結論】甲子園の土は一年中同じではありません。春と夏で配合を変えています。春は雨が多いため砂を多めに、夏は白球を見やすくするため黒土を多めにします。

@shougun0315

歴代の高校球児の土集めたら東京ドーム満杯なるって本当か?#野球 #甲子園 #高校野球

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  • 黒土は岡山・三重・鹿児島・大分・鳥取などの土をブレンド
  • 産地は毎年決まっているわけではないと公式が明記
  • 砂の産地は4段階で移ってきた(現在は京都府城陽
  • 春は雨が多いため砂を多め、夏は黒土を多め
  • 持ち帰りの始まりは川上哲治(1937年)という「説」
この記事で分かること
  • 甲子園の黒土の産地
  • 春と夏で配合を変える理由
  • 砂の産地が移ってきた順番
  • 土を持ち帰る習慣の始まりとされる話

大会が終わると、球児がグラウンドの土を袋に詰めます。
あの黒い土はどこから来ているのか
球場の公式ページに、産地も配合も書かれています。
そこに季節で変えているという記述もありました。

目次

【考察】甲子園の土は「素材」ではなく「毎年つくり直すレシピ」だと読みます

ここからは編集部の予想です。
結論を先に置きます。
「甲子園の土」という決まった一種類の土はありません
その年、その季節に合わせてつくり直しているブレンドだと読みます。

理由1:公式が「固定ではない」と明言しています。
黒土の産地について、球場は「岡山県日本原、三重県鈴鹿市、鹿児島県鹿屋、大分県大野郡三重町、鳥取県大山などの土をブレンドしている。(毎年決まっているわけではない。)」と書いています(阪神甲子園球場)。
わざわざ括弧書きで否定しているのがポイントです。
レシピが固定されていないことを、球場側が先に断っています。

理由2:同じ年の中でも2回つくり分けています。
春と夏で黒土と砂の割合を変えるからです。
しかも変える理由がまったく別方向を向いています。
春はというグラウンドの状態の話。
夏は白球の見やすさという見え方の話です。
目的が違う調整を、同じ土で同時にこなしていることになります。

理由3:砂そのものが入れ替わってきました。
公式が示す砂の産地は甲子園浜および香櫨園浜社有地 → 瀬戸内海産の砂浜 → 中国福建省 → 京都府城陽という順です。
4段階で供給元が変わっています
素材が入れ替わっても「甲子園の土」という名前だけは変わらない
採れる場所は永久ではありません。
浜が使えなくなれば別の浜へ、そこも難しくなれば海外へ。
名前を守るために中身を替えてきたのがこの一覧だと読みます。

ここで、よくある誤解にも触れておきます。
「甲子園の土は◯◯産の黒土と◯◯産の砂を6対4で混ぜている」といった説明を見かけます。
しかし球場の公式ページに比率の数字はありません
書かれているのは産地の一覧春夏で多くする側だけです。
比率を断定できる一次情報は見当たりません
ここも「固定のレシピではない」と読む材料になります。

そう考えると、持ち帰る土の意味も少し変わります。
球児が袋に詰めているのは「その年のその季節のブレンド」です。
10年前の土と今年の土は、厳密には同じ物ではありません
同じ場所の同じ名前でも、中身は少しずつ動いている。
だから土は記念品というより、その年の記録に近いと読みます。
同じ夏でも、雨の多い年と少ない年では手触りが違っていた可能性もあります。
なお、球場が年ごとの配合比を数字で公表しているわけではありません
あくまで予想であり、断定ではありません。

黒土の産地は5か所以上|毎年決まってはいない

公式が名前を挙げているのは5か所です。
ただし「など」が付いており、これで全部とは書かれていません。

都道府県公式の表記
岡山県日本原
三重県鈴鹿市
鹿児島県鹿屋
大分県大野郡三重町
鳥取県大山

並べると中国地方から九州まで広がっています。
1か所の土を運んでいるのではなく、複数を混ぜている形です。
そして公式は「毎年決まっているわけではない。」と続けています。
その年に使える土で組み立てていると読むのが自然です。

ネット上では「産地は○○と○○の6対4」のように、比率まで断定した説明も見かけます。
ただし球場の公式ページにその記載はありません
本記事では公式に書かれている範囲だけを扱います。

砂の産地は4段階で移ってきた

黒土と混ぜるにも歴史があります。
公式が示す変遷はこの順です。

順番産地
1甲子園浜および香櫨園浜社有地
2瀬戸内海産の砂浜
3中国福建省
4京都府城陽

最初は球場のすぐそばから採っていました。
そこから瀬戸内海、さらに海外へ広がり、いまは京都です。
採取できる場所の事情が変われば、素材も動きます
この一覧だけで、グラウンドが生きものであることが分かります。

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春と夏で配合を変える理由

公式の説明は短い一文です。
「春は雨が多いため砂を多めに、夏はボール(白球)を見易くするために黒土を多くブレンドしている。」
ここに2つの目的が並んでいます。

時期多くするもの公式が挙げる理由
春(センバツ)雨が多いため
夏(選手権)黒土ボール(白球)を見易くするため

春の理由はグラウンドコンディションの話です。
砂は水はけに関わるため、雨の多い時期に比率を上げるのは理にかないます。
いっぽう夏の理由は見え方です。
黒土が多いほど、白いボールとの明暗差がはっきりします
テレビ中継でも、守備側の選手にとっても効いてくる部分です。

公式が示しているのは方向性だけです。何対何という比率は公表されていません

持ち帰りの始まりは「川上哲治説」

土を持ち帰る習慣についても、公式ページに記載があります。
「甲子園の土を初めて持ち帰った人 川上 哲治(1937年、夏の23回大会)という説があります。」という書き方です。

注目したいのは球場自身が「説があります」と書いている点です。
断定していません。
ネットでは「川上哲治が最初」と言い切る説明が多く見られます。
ただし出どころの公式ページは、確定した事実として扱っていません
本記事も「そう言われている」までに留めます。

甲子園の土に関するQ&A

Q1. 甲子園の黒土はどこの土ですか?

岡山県日本原・三重県鈴鹿市・鹿児島県鹿屋・大分県大野郡三重町・鳥取県大山などの土をブレンドしています。
公式は「毎年決まっているわけではない。」とも書いています。

Q2. 春と夏で土が違うのですか?

配合が違います
春は砂を多め、夏は黒土を多めにブレンドします。
理由はそれぞれ雨の多さ白球の見やすさです。

Q3. 砂はどこから来ていますか?

現在は京都府城陽です。
それ以前は甲子園浜および香櫨園浜社有地→瀬戸内海産の砂浜→中国福建省という順で移ってきました。

Q4. 土を最初に持ち帰ったのは誰ですか?

川上哲治(1937年・夏の第23回大会)という説があります。
球場の公式ページも「説があります」という書き方です。
確定した記録として扱うのは避けたほうが正確です。

Q5. 芝生はずっと同じですか?

変わっています。
野芝→高麗芝→ティフトン(1975年)という変遷です。
現在はティフトン(5月〜秋)ペンハイン(冬〜春先)を使い分けており、ペンハインは1982年からの導入とされています。

Q6. この記事の考察はどこまで確かですか?

考察は編集部の予想です。
産地・配合の方向性・芝の種類は球場の公式ページの記載を確認しています。
ただし「毎年つくり直すレシピ」という読み方は予想です。
年ごとの配合比は公表されていません

グラウンドは土だけではない|芝の変遷

同じ公式ページには、芝生についての記載もあります。
土と同じように入れ替わってきたことが分かります。

項目内容
変遷野芝 → 高麗芝 → ティフトン(1975年)
種類ティフトン(5月〜秋まで)/ペンハイン(冬〜春先まで・1982年より導入)
特徴暑さに強く、繁殖率が良い

芝も季節で切り替えています。
土の配合を春夏で変えるのと同じ発想です。
グラウンドは季節ごとに作り替えられていると考えると、あの黒い土の見え方も変わってきます。

観戦の記念に、応援グッズもそろえておきたいところです。

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まとめ

この記事の要点
  • 黒土は5か所以上の産地をブレンド
  • 産地は毎年決まっていないと公式が明記
  • 春は雨が多いため砂を多め
  • 夏は白球を見やすくするため黒土を多め
  • 砂の産地は4段階で移り、現在は京都府城陽

球児が袋に詰めているのは、ただの土ではありません。
その年その季節に合わせて混ぜられた一回きりの配合です。
次に持ち帰りの場面を見るとき、色の濃さにも目を向けてみてください。

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