『宮沢賢治の食卓』とは?作者が賢治を「フーテンの寅さん」と考えた理由

【結論】『宮沢賢治の食卓』は賢治を「食いしん坊」として描いた漫画です。

本記事はプロモーションを含みます。

  • 作者は魚乃目三太さん
  • 連載は2014年〜2017年の『思い出食堂』
  • 単行本は全2巻・全21話
  • 作者が思い描いたのはフーテンの寅さん
  • WOWOWでドラマ化(2017年)
  • 賢治を演じたのは鈴木亮平さん
この記事で分かること
  • 『宮沢賢治の食卓』がどんな作品か
  • 描くきっかけになった出来事
  • 「フーテンの寅さん」と捉えた理由
  • 賢治が実際に食べていたもの
  • 2026年8月23日放送回の情報

2026年8月23日のNHK短歌「わたしの宮沢賢治」に、
漫画家の魚乃目三太さんがゲストで出ます。
テーマは「舌」
この人選の理由は、
『宮沢賢治の食卓』という漫画にあります。

目次

【考察】なぜ「食」から賢治を描けたのか

ここからは編集部の考察です。
結論を先に書くと、
「食いしん坊」という仮説が、賢治の聖人イメージを崩す入口になったと考えています。
理由を6つ挙げます。

理由1:出発点が作品の読み直しだったから。
魚乃目さんが賢治で覚えていたのは、
小学生のときに読んだ『注文の多い料理店』でした。
大人になって読み直したとき、
「この人はもしかしたらすごく食いしん坊じゃないか」と思ったといいます。
研究からではなく一読者の違和感から始まっています。
そもそも作品の題名に「料理店」が入っているのですから、
手がかりは最初から表に出ていたともいえます。

理由2:仮説を人に投げて確かめたから。
そう思った魚乃目さんは、
まず担当編集者に連絡して伝えました。
すると編集者が調べてくれて、
いろいろなことが分かったといいます。
思いつきを1人で抱えず、検証に回した形です。
実際に賢治の食にまつわる記録は数多く残っており、
研究者が手紙を全部調べて本にした例まであると
魚乃目さんは述べています。

理由3:遺族に直接会いに行ったから。
賢治の孫にあたる宮沢和樹さんの講演会の動画を見た魚乃目さんは、
実際に岩手まで取材に行き、和樹さんと話しています。
そこで返ってきた答えが、
この作品の方向を決めました。
資料を読むだけでは出てこない言葉が、
会いに行ったから手に入ったことになります。

理由4:得られた人物像が「変わったおじさん」だったから。
和樹さんの説明は
「賢治は皆さんが思っているような聖人ではなく、もっと気さくでちょっと変わった人だった」
放浪癖があり、職についていない時期もあり、
子どもとトランプをやり、星を解説してくれる——
そんな親戚に一人はいる変わったおじさんだったといいます。

理由5:そこで型が見つかったから。
それを聞いた魚乃目さんの頭に浮かんだのが
フーテンの寅さんでした。
そして「これは賢治さんじゃなくて『男はつらいよ』を描くつもりでやりましょう」と決め、
取材を終えて執筆に入っています。
実在の人物を、既存の物語の型に載せたわけです。

理由6:それでも事実の骨格は崩していないから。
魚乃目さんが制作で一番大切にしたのは「時間軸」だと語っています。
賢治がこの時期にこの作品を書いた、
生徒との出来事が作品に影響した、
妹が亡くなったから『永訣の朝』になった——
そうした事実を先に置き、
その上を寅さん的な賢治が前向きに歩くという構造です。

以上は編集部の考察・推測を含みます。
作品の評価は読む人によって異なります。

『宮沢賢治の食卓』の基本情報

作者魚乃目三太
掲載誌思い出食堂(少年画報社)
連載2014年15号〜2017年32号(不定期)
巻数全2巻
話数全21話
第1巻2017年3月27日
第2巻2020年12月14日
ジャンル伝記/料理・グルメ漫画

第1巻が描くのは、
賢治が稗貫農学校(のち花巻農学校)で教職員をしていた時期。
第2巻では羅須地人協会の設立と解散、
東北砕石工場のセールスマン時代を経て、
手帳に「雨ニモマケズ」を書いた晩年までが描かれます。
各話は1話完結で、
そのエピソードにちなんだ賢治の作品と当時の食べ物が紹介されます。

▼ 『宮沢賢治の食卓』はこちらから

※全2巻。続編にあたる第2巻もあわせて探せます。

きっかけは娘が見ていた番組だった

魚乃目さんがこの作品を思いついたのは、
娘さんが2歳くらいのころでした。
NHK Eテレの「にほんごであそぼ」を一緒に見ていたところ、
番組内で子どもたちが「雨ニモ負ケズ」を暗唱していたのです。

魚乃目さんは
テロップで文章を読んだとき、
「ちょっと疲れていたのか、心にしみまして」と振り返っています。
そこから「賢治さんって、どんな人なのかな」
興味を持ったのが出発点でした。

奇しくも、この作品を生んだきっかけもEテレ。そして2026年8月23日、魚乃目さんはEテレの番組にゲストとして出演します。

賢治は何を食べていたのか

食べ物・持ち物エピソード
そば好物だったと伝えられる
天ぷら食べた記録が残っている
西洋料理東京・上野の精養軒に通った
チョコレート岩手山の登山にリュックへ入れていた
玄米「雨ニモ負ケズ」に「一日玄米四合ト」とある

孫の和樹さんによると、
賢治は岩手山によく登山に行っていたそうです。
当時まだ珍しかったチョコレートをリュックに入れていたのは、
糖分やエネルギーを科学的に分かってやっていたのだろう、というのが魚乃目さんの受け止めです。

身なりについても
「鹿革のジャンパーを着ていておしゃれだった」という話が出てきます。
病弱で野菜しか食べない——というイメージは
賢治の一部分にすぎないということになります。

教師時代が一番バラ色だった

魚乃目さんは、
賢治の教師時代は人生で一番バラ色の時期だったと語っています。
理由はお金もあり、家族もいて、生徒もいたから。
苦悩も抱えていたはずだが、
逆にこの時代に自信をつけたのではないかという見方です。
その自信のために、
のちに羅須地人協会で農業を始めて脱線していく——とも述べています。

2017年のドラマ化

放送WOWOW「連続ドラマW」
期間2017年6月17日〜7月15日
話数全5回
宮沢賢治鈴木亮平
藤原嘉藤治山崎育三郎
妹・トシ石橋杏奈
監督御法川修
脚本池田奈津子

魚乃目さんは撮影現場を見学し、
「セットにもびっくりしたんですけれど、皆さんの熱意に」驚いたと語っています。
鈴木亮平さんについては、
賢治の写真と似ていると感じたうえで、
作品に出てくる前向きで明るいキャラと合っていると評しました。

印象的なのは鈴木さんの言葉です。
有名人を演じるとき「なり切ろうと思ったら越えられない」ため、
「降りてきてもらう」という言い方をするのだといいます。
魚乃目さんは、
漫画家が言う「マンガの神様が右手に乗り移る」状態と重ねて、
面白いですねと応じています。

2026年8月23日の放送情報

番組NHK短歌
サブタイトルわたしの宮沢賢治 テーマ「舌」
放送日時2026年8月23日(日)午前6:00〜6:25
放送局NHK Eテレ1・東京
ゲスト魚乃目三太
出演平岡直子、福山ろか
司会尾崎世界観

よくある質問

何巻まで出ていますか?

全2巻です。
第1巻が2017年3月27日、
第2巻が2020年12月14日に刊行されました。
全体で全21話になります。

どこで連載されていたのですか?

少年画報社の『思い出食堂』です。
2014年15号から2017年32号まで、
不定期での連載でした。

なぜ「食卓」なのですか?

作者が『注文の多い料理店』を読み直したとき、
賢治は食いしん坊ではないかと考えたことが出発点だからです。
そこから入ったため、
物語のすべてに食べ物が絡んでいると本人が語っています。

メニューはどう選んだのですか?

賢治の作品と、
生涯にわたって書かれた手紙からです。
研究者が手紙を調べてまとめた本もあり、
そうした資料を参照したと語られています。

ドラマは誰が主演でしたか?

鈴木亮平さんです。
WOWOWの「連続ドラマW」枠で、
2017年6月17日から7月15日まで全5回放送されました。

賢治ファンの反応はどうでしたか?

魚乃目さんによれば、
否定的な意見よりも肯定的な意見が多いとのことです。
「クラムボンはかぷかぷわらったよ」のような言葉が出てくるのは
異質な人でないと書けない、という受け止めがあったといいます。

作者が賢治のどこを一番評価していますか?

題名の付け方だと語っています。
『春と修羅』や『銀河鉄道の夜』を挙げ、
「間違いなく全部に抜群のセンスがある」
物語を面白くする力がすごい、と評しました。

まとめ

『宮沢賢治の食卓』は、
魚乃目三太さんが2014年から2017年にかけて『思い出食堂』で連載した漫画です。
単行本は全2巻・全21話
出発点は「賢治は食いしん坊ではないか」という読み直しでした。

孫の宮沢和樹さんへの取材を経て、
作者がたどり着いた人物像はフーテンの寅さん
2017年にはWOWOWで鈴木亮平さん主演のドラマにもなりました。
第2巻では晩年、
手帳に「雨ニモマケズ」を書くところまでが描かれています。
続きが出るかは公表されていませんが、
物語としては一区切りついた形です。
放送は8月23日(日)午前6時からです。

参照リンク

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!
目次