【結論】広田尚敬さんの次男・広田泉さんも鉄道写真家で、2022年3月28日に53歳で亡くなりました。
- 名前は広田泉(ひろた いずみ)さん
- 生まれは1969年、東京都
- 広田尚敬さんの次男
- フリーになったのは2002年
- 2021年11月末からパリで個展
- 2022年3月28日、53歳で死去
- 広田泉さんの経歴と作風
- 父・尚敬さんとの共著の中身
- 写真家になったきっかけ
- 震災復興に寄付した写真集のこと
- 2026年8月23日放送回の情報
2026年8月23日、
NHK Eテレ「日曜美術館」に
90歳の鉄道写真家・広田尚敬さんが登場します。
この人には、
同じ鉄道写真家だった息子がいました。
次男の広田泉さんです。
2022年に亡くなっていますが、
作品と経歴は残っています。
【考察】息子は「父の弟子」にはならなかった
ここからは編集部の考察です。
結論から言えば、
広田泉さんは父の後継者ではなく、別の入口から同じ職業にたどり着いた人だと考えています。
そう読める理由を6つ挙げます。
理由1:独立の年齢が遅いから。
泉さんがフリーになったのは2002年、
1969年生まれなので32〜33歳のときです。
父の尚敬さんは大学卒業後1年で独立しています。
親が写真家であれば早くから現場に入れそうなものですが、
泉さんは30代まで会社員をしていました。
家業として引き継いだ形ではありません。
理由2:きっかけが「デジタル化」だったから。
泉さんが写真家になった契機は、
写真のデジタル化だったと記録されています。
父の世代がフィルムで築いた技術ではなく、
技術の切り替わりが入口でした。
父と同じ道具では始めていないことになります。
理由3:学校の選び方が違うから。
泉さんは専門学校を卒業しています。
一方の尚敬さんは、
写真学校に行きたかったのに長兄の反対で
中央大学経済学部へ進みました。
父が行けなかった進路を息子が通っている、
という並びになります。
理由4:作風の評価軸が身体能力だから。
泉さんは色彩感覚と動体視力に優れていたと評されています。
編成写真だけでなく、
流し撮りや、車両・施設を主役にした情景写真を得意としました。
父の代名詞である動止フォトグラフという技法名とは別の言葉で語られており、
看板の作り方が重なっていません。
理由5:発表の場を海外に広げていたから。
泉さんは2021年11月末からパリで個展を開いています。
尚敬さんも米国の鉄道雑誌に写真を出していますが、
そちらは誌面での発表でした。
泉さんは展示という形で海外に出ています。
53歳で亡くなる直前まで、
活動範囲を広げている最中でした。
理由6:共著が「対等」の形をしているから。
父子の共著は『JR特急・超特急100点』(2006年)と
『新 JR・私鉄人気車両ベスト100点』(2021年)の2冊。
どちらも広田尚敬/広田泉の共著として記載されています。
父の本に息子が協力した、という書き方ではありません。
15年の間隔をあけて2度組んでいる点も含め、
職業人どうしの関係に見えます。
以上はあくまで編集部の考察・推測です。
親子の実際のやりとりが公表されているわけではありません。
広田泉さんのプロフィール
| 名前 | 広田泉(ひろた いずみ) |
| 生年 | 1969年 |
| 没年月日 | 2022年3月28日(53歳) |
| 出身 | 東京都 |
| 続柄 | 広田尚敬さんの次男 |
| 学歴 | 専門学校卒 |
| 職歴 | 会社員を経て2002年にフリーへ |
| 得意分野 | 流し撮り、車両・施設を主役にした情景写真 |
幼い頃から父の影響を受けていたものの、
すぐに写真の道へ進んだわけではありません。
専門学校を出たあとは会社員として働き、
写真のデジタル化をきっかけに2002年フリーへ転じました。
テレビにも出演しており、
旅チャンネルの「カメラと旅する鉄道風景」が2009年2月から放送されています。
▼ 父子の共著を含む鉄道写真集はこちらから
※父子共著の書籍は在庫が限られる場合があります。
広田泉さんの主な作品
| 刊行年 | 作品 | 出版社 |
|---|---|---|
| 2005年 | しんかんせん・とっきゅう | 講談社 |
| 2006年 | JR特急・超特急100点(尚敬さんとの共著) | 講談社 |
| 2011年 | ここから始まる | ホームキュービック |
| 2021年 | 新 JR・私鉄人気車両ベスト100点(尚敬さんとの共著) | 講談社 |
売上を全額寄付した写真集がある
2011年の『ここから始まる』は、
単に作品を並べた本ではありません。
売上が東日本大震災の復興支援として全額寄付されました。
寄付先は三陸鉄道とひたちなか海浜鉄道。
どちらも震災で大きな被害を受けた鉄道会社です。
被写体である鉄道そのものへ
収益を戻す形の本でした。
最後の活動はパリだった
泉さんは2021年11月末からパリで個展を開催し、
活動を海外へ広げていました。
その約4か月後の2022年3月28日に、
53歳で亡くなっています。
訃報はカメラ専門メディアのCAPA編集部が
2022年4月11日に伝えました。
2026年8月23日の放送情報
| 番組 | 日曜美術館 |
| タイトル | 鉄道のくにを撮る 写真家 広田尚敬 |
| 放送日時 | 2026年8月23日(日)午前9:00〜9:45 |
| 放送局 | NHK Eテレ1・東京 |
| 再放送 | 2026年8月30日(日)午後8:00〜8:45 |
番組が息子の話に触れるかどうかは、
予告からは分かりません。
ただ、父子が使っていた「鉄道写真.COM」というサイトは
両者の外部リンクとして今も記録されています。
同じ看板の下で二人が仕事をしていたことは確かです。
よくある質問
広田尚敬さんに子どもは何人いますか?
公開情報で確認できるのは次男の広田泉さんまでです。
「次男」という記載があることから
少なくとも長男にあたる方がいると考えられますが、
他のお子さんについては公表されていません。
広田泉さんはいつ亡くなったのですか?
2022年3月28日です。
1969年生まれで、53歳でした。
訃報は2022年4月11日にCAPA編集部が報じています。
父子で本を出していますか?
はい。『JR特急・超特急100点』(講談社・2006年)と
『新 JR・私鉄人気車両ベスト100点』(講談社・2021年)の2冊が
共著として刊行されています。
どんな写真が得意だったのですか?
色彩感覚と動体視力に優れていたと評されています。
車両を正面から記録する編成写真だけでなく、
流し撮りや、鉄道車両・施設を主役にした
情景写真を多く残しました。
テレビ出演はありましたか?
旅チャンネルの「カメラと旅する鉄道風景」に出演しています。
放送は2009年2月からです。
父の尚敬さんも同時期に
テレ朝チャンネルやTwellVの番組に出ています。
寄付した写真集はどれですか?
『ここから始まる』(ホームキュービック・2011年)です。
売上は東日本大震災の復興支援として
三陸鉄道とひたちなか海浜鉄道に全額寄付されました。
まとめ
広田尚敬さんの次男・広田泉さんは、
1969年東京都生まれの鉄道写真家でした。
専門学校を出たあと会社員として働き、
写真のデジタル化をきっかけに2002年独立。
流し撮りと情景写真を得意とし、
父との共著も2冊残しています。
2021年11月末にはパリで個展を開き、
活動を海外へ広げていた矢先の
2022年3月28日、53歳で死去しました。
今後この作品群がどう扱われていくかは未定ですが、
父子が同じ「鉄道写真.COM」という窓口を使っていたことは
記録として残っています。
放送は8月23日(日)午前9時からです。