【結論】福島智さんの母・福島令子さんは、指点字を考案した人です。1933年静岡県生まれで、もとは洋裁の教員免許を持つ人でした。
- 名前は福島令子(ふくしま れいこ)さん。1933年(昭和8年)静岡県の生まれ
- 1941年に中国・青島へ渡り、終戦の前年に帰国している
- 病気療養のため高校を2年で中退。その後、洋裁の初級教員免許を取得
- 1962年に三男として智さんを出産。智さんは三男にあたる
- 1996年、智さんとともに吉川英治文化賞を受賞
- 映画『桜色の風が咲く』では小雪さんが令子さんを演じた
NHK Eテレ「ハートネットTV」に、盲ろうの大学教授福島智さんが登場します。
この人を語るときに必ず出てくるのが「指点字」という手段です。
それを考えたのが母親の福島令子さんでした。
ここでは母・令子さんに絞って整理します。
- 福島令子さんの経歴
- 3歳の失明を確かめた「イチゴの実験」
- 母の日記が、のちに果たした役割
- 映画『桜色の風が咲く』での描かれ方
【考察】洋裁の人が、なぜ通信手段を作れたのか
ここからは編集部の考察です。
令子さんは、教育学者でも工学者でもありません。洋裁の初級教員免許を持つ人でした。
その人が、いま全国の盲ろう者に使われている指点字という方法を生み出しています。
結論から言うと、
令子さんは「専門知識」ではなく「観察と記録」で道を作った人だと考えます。
そう考える理由を6つ挙げます。
理由1:診断を、自分の手で確かめている
これは推測ではありません。
3歳の智さんについて医師から右目が見えないと告げられたあと、令子さんは家に帰ってすぐ冷蔵庫のイチゴで実験をしています(致知出版社 WEB chichi)。
好物のイチゴを冷蔵庫の一番上に置いて場所を答えさせ、次に見えるほうの目に眼帯をしてイチゴを下の棚へ移してから同じ質問をした、という手順です。
智さんの答えは「同じところにあるよ」でした。
理由2:これは「対照実験」の形をしている
ここは編集部の見立てです。
上の手順は、条件をひとつだけ変えて反応を見るという、実験の基本形そのものです。
先に両目で答えさせてから、片目をふさいで位置を変える。
診断を疑ったのではなく、自分の目で確かめずには先へ進めなかったのだと考えます。
理由3:日記を、何十年も書き続けている
令子さんは日記をつけていました。
この日記が、のちに智さんの博士論文の資料になっています。
智さん本人が「博士論文を制作する関係で、私の研究室に送ってもらった母の日記を調べたら、あれは昭和41年の5月でした」と語っています。
個人の日記が、40年後に学術研究の一次資料になったということです。
理由4:記録が、本人の記憶を補正している
面白いのは、母子の記憶が食い違っている点です。
令子さんは、智さんが母を悲しませないために見えるふりをしたと受け取りました。
ところが智さん本人は「単に、何でもいいからイチゴが食べたかったんじゃないでしょうか」と述べています。
日記という記録があるから、こういう突き合わせができます。
理由5:受賞が「親子で」だった
1996年の吉川英治文化賞は、令子さんと智さんの共同受賞です。
智さん個人の努力の話にされていません。
指点字が2人の間で生まれ、2人で使われてきたものだからだと考えます。
理由6:思いつきのままでは終わらせていない
指点字について、「そのとっさの思いつきを基に改良が加えられ、盲ろう者が用いる即時のコミュニケーション手段の一つとして普及するに至った」と説明されています(nippon.com)。
出発点はとっさの思いつきでしたが、そこから改良され、他人にも使える形になった点が重要です。
ここから先は予測です。
8月24日の回は福島智さん本人のインタビューなので、令子さんが出演するという案内はありません。
ただし指点字の話が出れば、考案の経緯にも触れると見ています。
以上はあくまで編集部の考察です。
令子さんが「観察と記録で乗り越えた」と述べた記述は確認できていません。
福島令子さんの基本プロフィール
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 福島 令子(ふくしま れいこ) |
| 生まれ | 1933年(昭和8年)・静岡県 |
| 1941年 | 中国・青島へ渡る |
| 帰国 | 終戦の前年 |
| 学歴 | 病気療養のため高校を2年で中退 → 福知山文化服装学院 |
| 資格 | 洋裁の初級教員免許 |
| 1962年 | 三男として智さんを出産 |
| 著書 | 『さとしわかるか』(朝日新聞出版) |
あまり触れられないのが、智さんが三男であるという点です。
令子さんにとっては3人目の子どもでした。
上に2人の兄がいたことになります。
令子さんの本や、親子の記録を読みたい方向けのリンクを置いておきます。
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3歳から18歳まで、母が見ていたもの
令子さんの語りには、失明がじわじわ進んだことの重さが出てきます。
| 時期 | できごと |
|---|---|
| 1歳 | 兆候が現れ、毎日おんぶして通院。入院もした |
| 3歳 | 右目を失明。イチゴの実験で母が確認 |
| 4歳 | 交感性眼炎の危険から、右目を摘出するため入院 |
| 9歳 | 左目も失明 |
| 14歳・18歳 | 聴力を失っていき、全盲ろうとなる |
左目については、令子さんが「真綿でギューッと絞めつけられるみたいに、少しずつ少しずつ悪くなって」と表現しています。
医師から「炎症が出ましたね」と言われるたび、食べ物が喉を通らなくなったとも語っています。
それでも令子さんは、こう続けています。
「智は9歳まで見える世界に置いていただいたんや、と神様に感謝しました」。
急な病で待ったなしに失明する人も多いことを、通院の中で知ったからだと語られています。
映画『桜色の風が咲く』での描かれ方
福島さん親子の軌跡は、映画になっています。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 題名 | 桜色の風が咲く |
| 公開 | 2022年11月4日 |
| 監督 | 松本准平 |
| 令子役 | 小雪 |
| 智役(18歳) | 田中偉登 |
| 主人公 | 智さんではなく母・令子 |
ここが重要な点です。
この映画は智さんの成長を見守る母・令子が主人公という作りになっています。
指点字を思いついた場面も描かれています。
公開初週末にはミニシアターランキング1位を記録したと報じられました。
誤解しやすい点
| 誤解されやすい書かれ方 | 確認できること |
|---|---|
| 指点字は智さんが発明 | 考案したのは母・令子さん |
| 令子さんは福祉の専門家 | 持っているのは洋裁の初級教員免許 |
| 智さんは一人っ子 | 三男として生まれている |
| 映画の主人公は智さん | 主人公は母・令子(演:小雪) |
| 映画の題は「風が吹く」 | 正しくは『桜色の風が咲く』 |
よくある質問
Q1. 福島智さんの母親の名前は?
福島令子(ふくしま れいこ)さんです。
指点字の考案者として知られています。
Q2. 令子さんは何歳ですか?
1933年(昭和8年)生まれと公表されています。
誕生日までは公表されていないため、2026年時点の年齢は92歳か93歳のいずれかです。
Q3. 「イチゴの実験」とは何ですか?
3歳の智さんの右目が見えているかを、冷蔵庫のイチゴの位置で確かめた出来事です。
両目のときは正しく答え、片目をふさいで位置を変えると「同じところにあるよ」と答えました。
Q4. 令子さんの著書はありますか?
『さとしわかるか』(朝日新聞出版・2009年)があります。
Q5. 映画で母親を演じたのは誰ですか?
小雪さんです。
映画『桜色の風が咲く』(2022年11月4日公開・松本准平監督)で令子さんを演じました。
Q6. 8月24日の放送に令子さんは出ますか?
番組の紹介文には令子さんの名前はありません。
案内されているのは「ゲストは、目が見えず耳が聞こえない盲ろうの大学教授・福島智さん」で、放送は2026年8月24日(月)20時00分〜20時30分、NHK Eテレです。
まとめ
福島智さんの母・福島令子さんは、指点字を考案した人です。
1933年に静岡で生まれ、洋裁の初級教員免許を持ち、1962年に三男として智さんを産みました。
3歳の失明を冷蔵庫のイチゴで確かめ、日記を書き続け、その日記はのちに智さんの博士論文の資料になりました。
1996年には親子で吉川英治文化賞を受け、2022年の映画『桜色の風が咲く』では小雪さんが令子さんを演じています。
2026年8月24日(月)20時からのNHK Eテレ「ハートネットTV」に、智さん本人が出演します。